見出し画像

家に逃げ場のないマホ

「ちょっと散歩してくる」

今日もミカねぇとケンカになった。あいつホンマむかつく。うちの家は、部屋が二つしかないのにきょうだい六人とお母さんの七人で暮らしているから、ケンカになったら最悪だ。なるだけあいつの顔を見たくないから、私は完全不登校のミカねぇと違って、学校には行くようにしている。と言っても私も教室に入れないからオアシスルームにいるけどね。あと毎日学校に行くのには、給食があるからというのは秘密だよ。

三十分ほど歩くと目の前に琵琶湖。イライラすると私は、琵琶湖のほとりでぼーっとしてるんだ。さっきまでイライラが身体中に満ちていたけど、ここは家のようにお母さんやミカねぇの怒鳴り声も聞こえてこないし、一番下の赤ちゃんの泣き声も聞こえない。ただそれだけで、心が落ち着いてくるのがわかるよ。あ、そろそろ帰らないと。今日は夕方から週に一度のお楽しみのトワイライトステイの日。あの息苦しい家を離れて、ボランティアのお姉さんと、夜の時間をゆっくり過ごすことの出来る大事な日。トワイライトステイって、こどもソーシャルワークセンターというところでやっている夜の居場所のことだよ。そこでボランティアのお姉さんとおしゃべりして、ご飯食べて、銭湯に行って、とにかく楽しくておもしろいところ。家に向かって歩きはじめると、目の前に大きな船が近づいてきた。ミシガンだっけ? ミシガンの船上から、お父さんに肩車してもらっている小さな子が、こっちをみて手を振っているよ。私はお父さんの顔を覚えてないけど、あんな風に肩車してもらったことあるのかなぁ。

家に戻ると階段のところでミカねぇが、スマホにイヤホンつけて何かしゃべってる。どうせまたネットの「推し」としゃべってるんや。こっちをにらみつけてくるから、にらみ返してやった。このまま一生あいつとは顔あわさん。と言いたいけど、トワイライトから帰ったらミカねぇと一緒の布団に寝るしかない。さすがに寒くなってきたから、布団なしはきついよなぁ。

「え! なんなん今日の晩ご飯。高級レストランやん」

今日のトワイライトステイの夕食は、ネットの動画で紹介されているホテルのバイキングとかに出てきそうなおかずが並んでいた(まあ私はそんなところに行ったことはないけど)。なんと今月から月に二回、ミシガンの中のレストランのおかずを、もらえるようになったんだって。さっき手をふってた子も同じものを食べてたのかなぁ。しかも今日はデザートにカキが出てきた。近所の人が持ってきてくれたんだって。めっちゃ甘くておいしい。果物はバナナとミカン以外は(あ、バナナもセンターで毎週もらってるんだけど)家で食べないから、センターに来なかったらほとんどの果物を食べたことないまま大人になっていたと思うよ。近所の人ありがとう。そして今日は帰りにもっと大きなプレゼントが。何と来月、あのミシガンに乗船出来るんだって! センターの子どもたちと他のところでやっているトワイライトの子どもたちを招待してくれることになったんだって。いろいろ家であったイヤなこともトワイライトに来たら吹っ飛んだよ。

【解説】

 この物語は2022年6月より、京都新聞(滋賀版)にて月一の連載としてはじまった「こどもたちの風景 湖国の居場所から」の前半部分の物語パートです。こどもソーシャルワークセンターを利用する複数のケースを再構築して作っている物語なので、特定の子どもの話ではありません。

 第5回目は、第2回目の主人公と同じ中学生。前回は夏休み前の話を描きましたが、今回は貧困状態の家庭ではよくある住居の課題についてと、この夏からこどもソーシャルワークセンターではじまった、観光船ミシガンで有名な琵琶湖汽船さんとの食と体験でのコラボ活動を紹介してみました。

 「子どもの貧困」についてがテーマでの講演依頼が、2010年ごろから多くありました(最近は下火になりつつありますが)。とにかく講演で丁寧に説明しないといけないのは「相対的貧困状態」が目に見えにくいこと。しかしその状況は今回の話でも紹介したように、子どもたちの家庭生活を窮屈にしているのは間違いないことです。
 最近、発表された「令和3年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果」では、不登校数は過去最大となりました。不登校数が増えていることについて、コロナ禍もあり「学校に無理して行かなくてもいい」という風潮が広まったからという見方もあり、従来のように無理矢理学校に行かせることに対して否定的な流れになってきています。しかし子どもの貧困に関わっていると、今回のマホのように、せめて学校で給食をしっかり食べたり、文化的な体験をさせて欲しい、先生のような大人にしっかり関わって欲しいと感じる子どもたちによく出会います。学校が「無理に学校へ誘わなくていい」ことで、貧困家庭で暮らす子どもたちは、学校だけでなく社会からも見放されてしまうようなリスクを感じています。だからこそ地域の居場所が求められていると考えます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?