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「好き」を更新|北穂高岳


2度も同じ場所に行くということは、
相当好きだからである。

例えば、街にあるカフェやパン屋。
どんなに気に入る場所だったとしても
相当好きでなければ、2度目はない。 


それは山も同じだ。

今年も、標高3106mの北穂高岳を目指して、
上高地に降り立った。

去年は、京都から直通のバスで上高地入りしたのだが、今回は車で。上高地はマイカー規制がされているので、駐車場に停めたら、そこから上高地行きのシャトルバスに乗る。

5:30過ぎに上高地に着いた。


9月の連休の時期。街中は、まだ蒸し暑い朝が続いているけれど、上高地は、やや肌寒い。

でもきっと、歩き始めたら暑くなってくるだろうから、防寒はほどほどに。メリノウールのパーカーを羽織り、登山道を歩き始めた。


上高地から徳沢を経て、横尾までは、コースタイム3時間。なだらかな散歩道を、足早に歩く。ここで距離を稼ぎたい。

何せ、今いる上高地から、本日宿泊予定北穂高小屋まで、コースタイムで9時間ちょっとかかる計算だからだ。

山時間だと、さすがに15時までには小屋に着いておきたい。



徳沢のテント場


連休だからか、途中の小梨平キャンプ場や、徳沢のテント場には、たくさんのテントが張られていた。まるで、テントの展示会のよう。これからみんな、どこへ行くのだろうか。

テントの展示場を過ぎ、8時前に横尾に着いた。行き交う登山者と、こんにちは〜と挨拶を交わしながら歩いていると、赤色に黄色のラインが入った服の男性が声をかけてきた。

長野県警察山岳遭難救助隊の方だ。

「これからどこに登りますか?」

北穂です、と答えると「涸沢で水が汲めないことを知っていますか?」と聞かれた。

今年は、涸沢の水がない。北穂の雪渓が少なく、その下に位置する涸沢に、伏流水が流れてこないらしい。

事前に情報を知っていたので、北穂までの水は、十分にあることを告げた。

横尾からが、本番の道。ここから登りが本格的に始まるのだ。

涸沢に向かって歩いていると、水がないことが実感できた。

いつも川が流れている場所に、
水がなかったのだ。

登山前の事前準備、情報収集は必須だなぁと改めて思う。"いつも"は、いつでも通用するわけではない。それが、自然の中へ行くということなのだ。


風は涼しいものの、日差しは真夏のよう。歩くたびに、汗が吹き出す。暑い暑い、と言いながら、それでもペースは落とさずに、歩き続けた。

木々が黄色く染まり、晴天にナナカマドが映えている。華やかな山の秋が、始まろうとしていた。1年の中で、一番好きな季節。



涸沢カール

涸沢に到着したのが、10:30頃。
標高は2300m。上高地から800mほど登ってきた。


前穂高岳、奥穂高岳、涸沢岳、北穂高岳。
名峰4座に囲まれた涸沢カールは、氷河に削り取られてできた地形だ。

何度も目にした景色とはいえ、見るたびに、その存在感が、ドーンと迫り来るようだ。

それにしても、こんなに暑い涸沢は、初めてだった。だいたい涸沢に来る時は、肌寒いことや、雨が降っていることが多かった。

おかげで涸沢小屋名物のソフトクリームが、おいしく食べられる。暑さで、どんどん柔らかくなっていくソフトクリームを、夢中で頬張った。



しっかり心を満タンにしたところで、ヘルメットを装着。ここからは、ヘルメット推奨領域。岩場が増える。これから北穂高岳を目指す。

連休ともあり、多くの登山者とすれ違いがあった。

頑張ってね〜。もうちょっと!
お気をつけて〜と、
登山者同士で声を掛け合う。

「しんどいとか、気のせいやで」なんていう声掛けもあり、思わず笑みがこぼれた。時々笑いが入ると、また笑顔で歩けるものなのだ。

急登を超えて、岩場を歩き、汗を拭く。
下を見下ろすと、涸沢に張り巡らされていたテントがどんどん小さくなっていった。


13:40、北穂高岳山頂にたどり着いた。

山頂直下にある北穂高小屋のテラスには、登山者でぎゅうぎゅう。大変な賑わいだった。

小屋で受付を済ませて、テラスの空いた席で、友人と一服。一服のお供に、天水を使った挽きたてのコーヒー。それと、ビスケットと。

ひと休みした後は、夕食まで小屋の中で、
ゴロゴロゴロリ。またひと休み。


夕方になると、小屋に、トントントン‥、シューシューシュー‥、という音が鳴り響く。
台所から、ご飯支度の音。

なんだろう、このあふれる実家感は。

標高3000mを越えた山小屋にいることを、
忘れてしまう空気感だ。


北穂名物、生姜焼き。最高です。

待ちに待った、夕食の時間。
酸っぱいのんと、辛いのんとが、体に染み渡る。ご飯もお味噌汁もおかわりしちゃう。
だって、美味しいんだもの。

資源が貴重な山小屋で、手作りのご飯が食べられるなんて。ここまで登ってきた人だけが味わえる、贅沢なひと時である。

夕食後は、就寝時間までお喋りタイム。小屋で出会った登山者の方と、山談義に華を咲かせた。

山の話をしていると、どんどん行きたい山が増えていく。そんな山知らなかった、ということばかりで、メモをして次の山選びの参考に。

ただ、週末に急いで行くようなスケジュールでなくていい、ということが、最近の好みである。

山を楽しみ、移動中や麓での時間も楽しみたい。それら全てをひっくるめて、山旅になる。

続ければ続けるほど、山の趣味嗜好も変わりゆく。こうして移ろいゆく感じも、また良い。

これから、どれだけの時間を、山で過ごせるかなぁ。山は逃げない。でも、逃げちゃうような気もする。今逃しちゃいけないような、またタイミングを待ってもいいような。


いずれにしても、その時々で、
心から楽しめる時間を、選んでいきたいな。

ほくほく心が温まったところで、
眠りについた。



2日目の朝。昨夜降った雨のせいで、少し湿っぽい朝だった。天気は快晴。

朝4時、まだ日の出前で、山影にヘッドランプの灯りがチラつくのが見えた。もうすでに寝床を出発して歩いている登山者がいるようだ。

北穂高岳の朝日は、常念岳の奥から昇ってくる。朝に照らされる槍ヶ岳、穂高連峰に向かって、何度もシャッターを切った。

じっと眺めていたらいいのに。素敵な姿をカメラに収めておきたいという、エゴである。

朝日を見ながら、朝のコーヒータイム。
ひと息いれたら、そろそろ出発だ。

小屋番さんたちにお別れを告げて、小屋を後にした。小屋番さんたちのお元気そうな姿が見れてよかった。ここからまた、上高地へ一気に降りていく。


ここはやっぱり、何度来ても、
好きが更新されていくだけだった。

登って、ご飯を食べて、寝て、景色を見る。
何もせず、ただ食事を待つ時間も、
コーヒーが出来上がるまでの時間も、
日の出を待つ時間も、贅沢に感じられる。

待つことに、イライラしない。
待つことに、ワクワクする。

こんなシンプルな生き方ができるこの世界が、
愛おしい。

自分の中にある「好き」を再確認した山旅。
北穂の雄大さ、温かさに感謝をした。


さて、また横尾から上高地までの3時間あまりに渡る長い道に差し掛かった。ここは何度も通るが、どんなに美しい道とは言え、さすがに飽きてしまう。


今度は、徳沢か嘉門次小屋で、ひと息入れるお楽しみ計画も入れようか。


自分をご機嫌にする方法を
アレコレ考えてみよう。
これも好きだなぁ、と思えるように。

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