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ウズベキスタンの『ノン』

新型コロナウィルスの影響で日常が大きく変わってしまった。
職場に通えなくなり、先行きも見えず。
健康や収入の不安と戦いながら自宅に篭る日が増えた。
鉄メンタルを持ち合わせていると自負していたものの流石に少しずつ気が滅入って来た中、Twitterでおもしろいハッシュタグを見つけた。

#コロナばっかりで気が滅入るからノンの画像をアップしようぜ

「ノン」とは中央アジアで広く食される硬くて大きなパンのことで「ナン」と呼ばれていたりもする。
「ナン」というとインドカレーとセットになっているアレが第一に頭に浮かぶが、中央アジアではキツネ色の焼き目が美しい立派なパンなのだ。

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正直コロナウィルスとノンは全く関係がないし、何の解決にもならない訳だがそのハッシュタグと投稿されているノンの写真達を見ているうちに張り詰めていたものがすっと落ち着いていくのが感じられた。
どうにもならない現実からほんのひと時目をそらし、遠い異国の地に思いを馳せる。長く続いていた精神的な緊張を緩めたのが大きなノンなのは単純に私が食いしん坊だからなのかはわからないが非常にありがたい瞬間であった。

カシュガル、ウルムチ、フェルガナ、サマルカンド、タシケント、ブハラ、キルギス…

様々な地域のノン。見れば見るほどウズベキスタンで触れたあの香ばしい香りと素朴な味が蘇ってくる。

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現地の人には欠かせないノンは街をうろついていると至る所で目にすることができる。バザールで山積みされていたり、大量のノンが入ったビニール袋をぶら下げて歩く人がいたり。

このノンの味は家庭や工房、地域ごとに大きさ、厚み、味が微妙に異なりプレーンに小麦の味が優しいものもあればクミンの風味が強く香るものまで実に様々だ。模様が綺麗なものやツルッと焼きあがったものまで見た目も色々あるので見ているだけでも楽しかったことを記憶している。

日本のパンと違い発酵時間が短い為、どっしりと重みのある食感のノン。
中央アジアの乾燥した気候では長期間保存も可能だそうだ。
(日本に持ち帰ると湿気ですぐにカビてしまうらしい。尤も、食いしん坊な私はカビる前に全て食べきったが)

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そんなノンの工房をタシケントのチョルスー・バザールをブラブラしていた時に見学させてもらったことがある。
ノンの焼ける美味しそうな香りにつられてバザールの奥へ進んでみたところ
親切な工房スタッフが招き入れてくれたのだ。
バザール内での撮影は禁止と聞いていたので戸惑っていたところ笑顔で応えてくれたのでお言葉に甘えて少しだけ撮影をさせてもらった。

ワイルドに山積みされ売られているノンのイメージとは異なり、広くて清潔な工房の中では大量のノンが作られていた。
丁寧にこね、伸ばされる生地。窯の中にペタペタと貼り付けてられていく生地。小麦の焼ける甘い香りの中淡々と進んでいく作業。

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窯に貼り付けて焼く方法はインドのナンと同じなんだなあ、と窯を覗き込んで思わず感動してしまった。
窯のことをウズベキスタンでは「タンディール」というのだが、これもインドで窯を指す「タンドール」に限りなく近い。こうやって少しずつ変化を遂げながら様々な地域に同じルーツの文化が広がっていることを改めて実感したのである。

そうこうしているうちに焼きあがったノンが続々と窯から出されて来たので、見学させてもらったお礼にと2つほど焼きたてを購入して工房を後にした。 

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熱々のノンを無造作にビニール袋に入れる、ウズベキスタン流の渡し方も何だか嬉しい。結局我慢できなくて近くのベンチで焼きたてをムシャムシャと頬張ってしまった。

焼いてから時間の経ったノンはとても硬く、しっかりとした食感なのに対して焼きたてのノンは同じものとは思えないくらいにフワフワと柔らかく、素手でちぎることが出来る。
まだ熱を帯びているノンをちぎっては食べ、ちぎっては食べ。噛めば噛むほど小麦の素朴な甘みが口の中いっぱいに広がっていく。

ノンといえばサマルカンド、サマルカンド製のノンは世界一だそうで確かにそれはそれで美味しかったのだが、正直タシケントで食べているこの焼きたてのノンの方が数倍美味しい。何て言ったって窯から出して3分以内の出来立てホヤホヤなのだ。

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結局自分の顔より大きなノンを半分以上その場でペロリと平らげてしまった。酷暑のタシケント、ノンとコーラだけの昼食。シンプルだけど最高に贅沢な食事。


#コロナばっかりで気が滅入るからノンの画像をアップしようぜ


このたった一つのハッシュタグで当時感じた幸せを思い出すことができた。
私の人生はまだ終わっていない。終わらせる気も毛頭ない。
この困難を乗り越えた暁にはまた、熱々のノンを頬張るべくウズベキスタンを訪れねば。
ノンだけではない、世界中の美味しいものを食べ、写真を撮ってまわることが再びできるよう今はじっと耐えていかねば。

憎きコロナウィルスよ、今に見ておれ。
私は絶対に負けないからな。

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