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チャーハンになりたかった

*この文章を運命に翻弄され胃袋におさめられた彼へ向けて

ある休日の昼、夫婦の会話。

自分「今日のお昼ご飯何?」

妻「チャーハン」

そんなやりとりをした。

先ほどから、録画したアニメのセリフも聴こえない程に激しくぶつかり合う鍋と五徳の音は、昨日冷凍したご飯をパラパラに仕上げている最中だ。

この後、卵を投入して、先に炒めてある少し厚切りのベーコン、細かく刻んだニンジン、タマネギ、ピーマンを加え、さっと仕上げ、大皿に山のように盛られたチャーハンと、味覇を溶いて作った即席の中華スープも添えて食卓に並ぶ筈。

殆どの内容の入ってこないアニメもそろそろ終わるしそろそろかな。姿勢も目線も変えずに、準備もせずグウタラな休日の夫を見事に演じきっていた。


しかしふと気がつけばアニメは次回予告からその予告したその回が始まっている。「テーブル片付けて拭いて」と言ういつものセリフがなかなか聴こえない。普段はぐうたらしている方自分に呆れて怒られるのだがその時は一向にこない。

もう仕上げの段階のはずの料理に何を手間取っているのか。そういえば卵を割る回数がいつもより多い気がするし、

心なしかケチャップの焦げた香りも漂っている。

やがていつも通り怒られて、テーブルを片付け拭きあげ席に着く。


出てきたのはオムライス

紛れもなく、純度100%のオムライス。なんなら普段より贅沢に卵多めに使ったフワトロの卵が乗ったオムライス。

妻が言ったのは「チャーハン」

出てきたのは「オムライス」

一文字も合っていない。

「チャーハンて言ってなかった?」

そう尋ねると妻は何も言わずに肩を震わせた。

そして数秒後爆笑し始めた。

妻は今、気が付いたのだ

本人もチャーハンを作っているつもりで料理をし、途中の問いかけにも「チャーハン」と答え、チャーハンだと思って食卓に出した。

正直妻の精神状態が、気が付かないほどに荒んでいてかなりヤバイ状態なんじゃないかと疑うような事態だった。しかし違うようだ、本人も爆笑している。ずっと爆笑している。僕も爆笑したしなんならTwitterでそのエピソードを呟いたりした。妻はオムライスにケチャップで「チャーハン」と書いた。

夫婦はこうした日常の些細なアクシデントを楽しんだりして共に過ごして行くんだろうなと、なんとなくほんわかエピソードでこの話を終わろうと思ったのだが、ふと、このエピソードの主役の気持ちを蔑ろにしている事に気がついた。


この贅沢フワトロオムライスこと、チャーハンだ。


贅沢フワトロオムライスことチャーハン(以降 彼)は、チャーハンと思われながら刻まれ、混ぜられ、炒められ、盛り付けられた存在だ。いわば狼に拾われ狼に育てられ自分を狼だと思いながら生きたヒトだ。

彼の心境はどんなものだろうか。自分はチャーハンとだと思っているけど、何だかんだ赤いし、黄金の衣をうっすら纏っている筈が、フワッフワトロットロの衣を纏っているし。「味覇」のような破壊力のある力を宿すでもなく、「HEINZ」とかいうシャレた成分を多く含んでいるし。胡椒をガツンと聞かせて、飢えたおじさん達を圧倒的満足感で黙らせる筈が、ちょっと甘めなテイストでお子様達の人気者になってるし。彼は、悩んだだろう、心と身体が別なのだ。

今も社会問題となっている事態が、我が家のなんでもない休日の昼下がりに起こっていたのだ。

今更悔やんでもどうしようもないが、彼を思うと胸が締め付けられる。「お前に飯は救えるか」とか言われても答えられないしヤックルに乗って会いにも行けない。だって、

美味しいオムライスだと思って食べてしまったから

もしも輪廻と言うものが存在するのであれば、どうか次の飯生は、チャーハンとして全うしてもらいたいと願っている。


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