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野球観戦に行った時の気付き

【耳から入る情報が、ほぼ無い。】

先日家族と東京ドームの野球観戦に行った時の話。
両チーム応援団が囃し立て、場内はとても賑やかだった。
既に開始時間は過ぎており、グランドには既に守備の選手達が出ていて、それぞれ自分のポジションについているのが見える。
3塁側の4階の席を確保し子供達のジュースと自分のビールを用意して、「賑やかだけどアナウスも特に無いし、まだ試合開始前かな?」と呑気に待ち構えていた。

次の瞬間、歓声が上がりと溜息が聞こえた。

試合はすでに始まっており、粛々とゲームは進んでいたのだ。
確かにグラウンドに目をやると、ピッチャーが投げ、バッターが空振りしている。
違和感を覚えた、そしてこの違和感はなんだろうか。
それは、
ゲームの進行に対して耳から入る情報が、ほぼゼロに等しい
と言う事だった。
普段はテレビやラジオでしか野球に触れていないので、電波に乗って届くそれは、常に実況者の解説が入り、逐一ゲーム進行具合が把握できる。
実況者の口調、選んだ言葉、声のトーン、間が、プロのテクニックによって披露され、臨場感や進行等、
その場の情報を補足し伝えてくれていたのだ。
それがこの場には無く、それだけでゲームの進行が殆ど分からなかった。
(自分が野球に疎いと言う事もあります)

【臨場感=情報量ではない】

音楽でもライブとかは現場に居る方が楽しいし、スポーツだってその場で味わった方が流れがわかるし面白い。なんと無く臨場感って状況の情報量なのかなと思いつつ、滅多に来ない野球観戦に来たのに、見ていて殆ど進行が分からないこの状況、まぁ詳しく無いしそんなものか。。と感じていたのだが、じゃあスポーツ観戦の臨場感って何処にあるんだろう。
サッカーとかは流れがわかりやすいし動きも多いから臨場感を感じやすいのかもしれない。。。野球だから良くわかってないし動きも小さいから感じないのか。。。なんだか楽しめないな〜と悶々としていた。

でも、そんな事なかった。

回が進むにつれなんと無く試合のリズムに慣れ、選手が出塁し、ホームベースを踏むたびに段々と熱を帯びる応援、攻めても、守っても、必ずどちらかが盛り上がる。
良く分かってなくても、投げた、打った、獲ったで、「わーすごい球だったんだ」とか、「もう少しでホームランだったな〜」とか、なんと無く楽しみ方がわかってきた、と言うか、その場の雰囲気にのまれていた。
これは「熱量」とかで表現されるのかもしれないけど、その場で言語化はできないけど感じる事のできる何かが味わえる事が、「臨場感」なのでは無いかと思った。

最初、どんな選手が打席に立ち、どんな投手がどんな球を時速何キロで投げたと言う、解像度の高い情報を求めていた自分は、実況慣れしてしまっていただけで、情報量=臨場感と思い込んでしまっていた事に気がつけたので、とても良い体験だった。

【解像度の高い情報では得られないもの】

解像度の高い情報は、web上で直ぐに得られるが今はもう当たり前だけど、その場に居る事でしか触れる事のできないものが確かにあるし、それは大切な事なのだと改めて考えさせられたので、仕事でも可能な限り「現場」に触れらるようにしよう。

つらつらと思う事を綴ってみたけど、野球観戦でも競馬場でも、ラジオ片手に見ているオッチャン達は、
「臨場感+解像度の高い情報」と言うハイブリッドで、リッチな体験
をしていたんだなと納得した。

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