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喋らなかった私と、母との交換ノートの話


「ピアノを習いたい」
「体育のバレーボールがイヤだ」
「今度○○ちゃんと遊ぶよ!」

小学生のときの母との会話。
いや、正確には母との交換ノート。

夕飯の食卓でなにか聞かれても「うん」「別に」ぐらいしか言葉を発さなかった私を見かねて、母は交換ノートをしようと提案してくれた。

不思議だった。口では話しづらいことも、文字にするとスラスラ言葉が出てくる。嬉しいこともつらいことも母に聞いてもらいたいことは、ぜんぶ交換ノートに書いた。

夕飯を食べたあとに学校での出来事を交換ノートに書く。そして、家事をしているあいだに母の机にそっとノートを置く。

次の日、学校から帰ると私の机にやさしくノートが置かれている。
嬉しかった。なんて書いてあるんだろう。返事を読むのが楽しみだった。

中学生、高校生と私が成長するにつれて、文字の会話ではなく、口で喋るようになっていったので、それに比例して交換ノートの回数も減っていった。

時折、言いづらいことがあったときはノートに書き、母の机に置いた。


高校卒業と同時に、進学するためにひとり暮らしを始めることに。
母との交換ノートも卒業。


社会人になり数年。毎日残業、休日出勤、売上へのプレッシャー。
プライベートも上手くいかない。

都会での生活がしんどくなり、2連休を利用して、実家に帰ることにした。
母には「次の休みに帰る」とだけメールを送る。

ひさびさの実家。少し模様替えしたのかな。

自分の部屋に荷物を置いて、ふと机を見ると、見覚えのあるノートがあった。数年前、空白のページを残したまま終わってしまった、母との交換ノート。

なんて書いてあるんだろう。仕事がつらくて実家に帰ってきた。開くのが少し怖かった。

「家の近くに美味しい洋食屋さんがオープンしたから、ランチ食べに行こう!」
その洋食屋が載っている地元のフリーペーパーの切り抜きとともに、ノートに書かれた言葉が心にじんわりと広がった。


過去の母との会話を見返す。
あ~、そういえばこんなことで悩んでいたな、記憶が戻ってくる。

口に出して自分の気持ちが上手く伝えれなかったことがずっとコンプレックスだった。けど、約10年間の母との会話が目に見える形で残っているのもいいのかも。


伝えるではなく伝わる。伝わるとは思い出せること。
このエピソードを書けたのも、母からの言葉が伝わっていたから。


このnoteは、コピーライターの阿部広太郎さん主宰『企画メシ2023』の“言葉の企画”の講義で感じたことをもとにした記事です。


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