前田健太

MLB挑戦後の前田健太 投球スタイルの移り変わり

広島の大エースであった前田健太がドジャースへ移籍して、はや4年が経とうとしています。その4年間でチームは地区4連覇を果たし、2017年と2018年にはワールドシリーズまで駒を進めるなど、広島在籍時には多く経験できなかった、短期決戦の手に汗握るシビれる勝負を毎年経験しています。

毎年チーム状況や契約の関係もあり、先発とリリーフを行ったり来たりする形になりながらも、一定の成績を収め続けているのは評価に値するでしょうが、毎年変わり映えしない成績のため、中には前田は投手として成長していないのではと思う方もいるのではないでしょうか?

私は成長していないとは微塵も思いません。なぜならフライボールレボリューションによる本塁打大幅増に代表されるなど、MLBの打者のレベルは長足の進歩を続けており、投手側も余程のレベルの投手でない限り、全くの進歩なしでは簡単には生き残れない世界となっているからです。ですので、前田もMLBの打者と同レベルの進歩を毎年重ねていると捉えても問題はないと考えます。

実際の投球を見ても、投手としての力量が上がっていることは明白で、広島時代とは別人のようなボールを繰り出す投手になっていることは一目瞭然ですが、MLB挑戦1年目の2016年から今季まで、どのような変遷を辿って現在地まで辿り着いたのかについて、球種別の成績や変化量等のデータから以下にてまとめてみようと思います。

1.2016年

基本成績

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MLB挑戦1年目は、カーショウとヒルに次ぐ3番手スターターとして32先発を果たし、16勝を挙げ見事チームの地区優勝に貢献しました。しかし、1試合平均7回は投げ抜くようなイニングイーターであった広島時代とは打って変わってイニングを稼げなくなり、1試合平均投球回は5.5回と試合は作れるものの量的な貢献はそれほど大きくはありませんでした。

球種ごと成績

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球種ごとの成績を見ると、Four Seamer(ストレート)とSlider(スライダー)の投球割合で6割を占めており、日本時代と変わらずこの2球種が中心の投球であることが分かります。この2球種はそれぞれBA(被打率).171と.210でしっかり機能しており、軸となる球種が機能したことがこの活躍に繋がったのでしょう。

その他に多く投じたCurve(カーブ)とSinker(ツーシーム)は然程機能せず、特にカーブは被打率.398でXWOBAは.402と滅多打ちに合っています。かつては前田の代名詞でもあった、抜くようにリリースする日本式のスローカーブがあまり通用しなかったということでしょう。

全体を通じると、元々の武器であったスライダーはしっかり通用し、ストレートも球速は然程速くはないが、いわゆるノビのあるタイプのボールだったのか高い空振り率をマークしました。一方で、カーブ/ツーシームといったボールはあまり機能せず、K%が19.3と決め球としてのチェンジアップがイマイチだったことから、対右打者のOPS.580に対し対左打者は.729と苦戦することとなりました。

変化量データ

続いて変化量のデータから前田の投球を確認していきますが、変化量のデータについてはTJさんの下記noteを参考に球種別変化量グラフを作成してみました。手軽に作成できますし、自分で作成するとそれだけでなんだかアナリストのような気分になれるので皆様も是非!

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前提として、横軸の正の方向がスライド成分(三塁側への変化)を示し、負の方向がシュート成分(一塁側への変化)を示します。縦軸の正の方向がホップ成分(上方向への変化)を示し、負の方向がドロップ成分(下方向への変化)を示します。

このように可視化してみると、ツーシームとチェンジアップの変化量が似ており、互いに球種の偽装が可能なボールであることが分かります。回転角度も把握するでしょうが、この球質を生かした組み立てが出来れば、対左打者への成績ももう少し向上したのかもしれません。

ただこれだけでは前田の球質が分かりにくいので、平均との比較にて球質を明らかにしていきます。

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各球種の変化量について平均から比較してみると、スライダーは横変化縦変化ともにカットボールに近い性質を示しており、かつそれにしては球速は遅い特異なボールストレートは多少シュート成分が若干強めながらも非常にホップ成分が強く、空振りの狙えそうなボールであることが分かります。その他の球種を見ても、シュート成分が全体的に強くホップ成分も強いため、変化球については落差があまり生まれていないことが分かります。横変化は平均とほぼ同じであり、チェンジアップなど縦変化が必要なボールの落差のなさが、ストレートやスライダーと比べてイマイチ機能しなかった一因なのかもしれません。

2016年まとめ

日本時代からの軸であるストレートとスライダーはしっかり機能したことで、一定の成績を収めることはできました。一方、日本時代と同様にそれ以外の変化球に課題があり、左打者相手には苦しむ傾向にあったことから、全体的には日本時代の投球スタイルでどれだけ通用するのかに挑戦したような印象です。球質的にはストレートはホップ成分が強かったため、スライダーはカットボールのような軌道を見せる特異なボールであったために武器になったのではないでしょうか。全体的にはシュート成分とホップ成分がそれぞれ強い球質となっています。

2.2017年

基本成績

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2017年も主に先発として13勝を挙げましたが、シーズン終盤にはリリーフに回り、ポストシーズンでは9試合に登板し10.2回を1失点に封じるなどWS進出に貢献し、リリーフ適性という新たな姿を見せた一年となりました。ただシーズンの投球成績では防御率は4.22まで悪化し、投球回も41.1回減少しながら被本塁打は20本から22本に増加するなど、フライボールレボリューションに飲み込まれたような成績となってしまいました。

球種ごと成績

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2017年の大きな変化点としては、Cutter(カットボール)をレパートリーに加えた点でしょう。苦手の対左打者に多く投げ込み課題の改善を狙いましたが、結果は対左打者のOPSは.780をむしろ悪化することとなってしまいました。対左打者においてキーとなるチェンジアップが、被打率.316と前年以上に機能しなかったのが痛かったのでしょう。

全体的にスライダーを減らしながらストレートの割合を増やし、球速も平均で92マイル(148㎞)まで上昇するなどパワーピッチに振れた点も変化点と言えましょう。この辺りはシーズン途中で一度リリーフを経験したことによって、力加減が変化した点が大きいのではないでしょうか。

また、前年はカーブ以外.400未満に抑えていた長打率が大幅に悪化し、伝家の宝刀であるスライダーを除いた全球種で長打率が.400を超えています。この辺りも前述の通り、この年から騒がれることとなったフライボールレボリューションの影響が大きいのだと推測されます。

変化量データ

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変化量グラフを確認すると、全体的にグラフが縦軸方向に寄っている印象で、シュート成分が弱まっている印象を受けます。またスライダーとカットボールのプロットエリアが被っていることが分かります。前述の通り、スライダーがカットボールのような軌道なため、この年から投げ始めたカットボールとスライダーで、同系統のボール間の緩急を使えるようになっています。スライダー/カットボールともに被打率が低かったのは、この辺りにも要因はありそうです。

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実際数値データとして確認しても、全体的に前年比でシュート成分が弱まっており、ホップ成分は強まるといった変化を見せています。そのために被本塁打が増加したという側面は少なからずあるのかもしれません。ただ前年からシュート成分とホップ成分が強めという傾向的に大きな変化はなく、球種を増やす以外では特に何か変えた部分はないことが窺えます。

2017年まとめ

日本時代は殆ど経験のなかったリリーフに配置転換されることで全力投球の感覚を掴んだのか、全体的に球速が大きく向上しました。また、左打者対策でカットボールをレパートリーに加えましたが、むしろ対左打者への成績は悪化し、全体的な投球成績も前年より悪化することとなってしまいました。変化量的には、シュート成分が小さくなりホップ成分が大きくなったという傾向が出ており、そのため長打を浴びるケースが増えたことが推測されます。

3.2018年

基本成績

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前年にリリーフとしての適性を示したことから、翌2018年は先発のみならずリリーフとしての起用も増え、先発で20試合、リリーフで19試合に登板しました。そのため、投球回は前年より減少することとなりましたが、防御率は3.81まで向上し、125.1回で153奪三振と奪三振力は大幅な向上を見せました。また前年に多く浴びた被本塁打も13本まで減らし、全体的な投球内容は大きく向上したと言って良いでしょう。

球種ごと成績

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ストレートは球速こそ維持しながらも、被打率(.241→.291)やWhiff%(21.0→16.2)が悪化し、投球の軸となるボールが相手打者に対応されることとなりました。その一方で新たに武器となったボールがチェンジアップです。日本時代から散々課題となっていた落ちるボールが、被打率は.135でWhiff%は47.6とここに来てMLBで武器となるレベルまで向上させることに成功しました。(詳しくは「マエケンのチェンジアップの質向上について考えてみる」をご覧ください。)

ただ永遠の課題である対左打者については、OPS.820とむしろ悪化することとなっており、やはり一つの球種が良くなっても別の球種が悪くなればあまり効果はないということなのでしょう。悪くなったのが最も投球割合の多いストレートですから、この結果も仕方ないのかもしれません。

その他の変化点としては、カーブの球速が75.0マイルから77.3マイルと2.3マイル上昇しているという点も挙げられます。K%が9.6から20.7まで上昇しており、決め球として使用されるケースも増えて機能していることが分かります。

この年からナックルカーブの使用を始めたことを明かしており、これによりスピン量も増した(2446→2592)ことで、打者の受ける印象や前田の中でのカーブの使い方も変わったのかもしれません。

またリリーフ登板が多くなったためか、前年まではストレートとスライダーを軸としながらもその他は均一だった投球割合は大きな変化を迎え、ストレート/スライダー/チェンジアップの3つの球種をメインとし+カーブを混ぜるような投球スタイルへと変化しています。

変化量データ

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上記のように、前年までとはまた違う傾向が見られる2018年の投球スタイルですが、それは変化量データにもしっかり表れています。

前年までは、ストレートとツーシーム/チェンジアップが混在する形でプロットされていたのが、ストレートとツーシーム/チェンジアップではっきり分離するようになっています。特にチェンジアップのプロットされた全体の形は横長から縦長へと変化しており、前年までとは全く別のボールとなっていると言っても過言ではないでしょう。

また、グラフの上限が100から60まで変化しており、全体的にホップ成分が弱まり、ドロップ成分が強まっていることから、ボールの落差が大きくなっていることが分かります。これが奪三振力の向上に繋がっているのではないでしょうか。

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数値で見てもその変化は明白で、横変化の成分には殆ど変化はありませんが、すべての球種でドロップ成分が強くなっていることが分かります。これが要因となり、ゴロ性の打球が増え(2017年GB/FB‥0.95→2018年GB/FB‥1.14)被長打を減らすことに成功した側面はあるのではないでしょうか。

その球種の中でも、特に被打率等の指標に大きな変化のあったストレートとチェンジアップも例外ではなく、ストレートは8cm、チェンジアップは実に16cmドロップ成分が増していますチェンジアップはその分プラスに働いたようでしたが、ストレートはその分ノビが失われてしまい、MLBの平均に近いボールとなってしまいました。そのため、被打率等の指標が悪化してしまったのではないでしょうか。

スライダーもドロップ成分が大きく増したものの、まだ平均よりは10cmほどホップ成分の強い球質であったため、武器として機能したのでしょう。

2018年まとめ

長年の課題であったチェンジアップの落差を大きくすることで武器とすることに成功し、カーブも抜く日本式カーブからナックルカーブへと進化させることで決め球として使えるようになったことから、奪三振能力は大幅な向上を見せました。加えて前年の課題であった被長打の多さも、球種の全体的なドロップ成分の上昇により克服することに成功しました。ただストレートからはホップ成分が失われ、平均的な軌道となったところで痛打を浴び、収穫と新たな課題を生むシーズンとなりました。

4.2019年

基本成績

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2年連続でワールドシリーズ敗退と悔しいシーズンが続く中、3度目の正直を狙った2019年シーズンは、前年と同じようにシーズン終盤からリリーフに回る形となりましたが、高い奪三振力はキープしながらWHIPは自己ベストの数値を叩き出すなど、一定の成果を収めたシーズンとなりました。ただチームとしてはワールドチャンピオンどころか、ディビジョンシリーズでナショナルズに苦杯を喫することとなり、4年目もワールドチャンピオンまで辿り着くことは出来ませんでした。

球種ごと成績

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傾向としては前年と大きく変わらず、スライダーとチェンジアップという2球種がマネーピッチとして機能している状態で、チェンジアップのWhiff%が10%以上の落ち込みを見せた以外は被打率等の成績面では大きな変化はありませんでした

変化点としては、チェンジアップの投球割合を14.8%→23.7%まで増やし、前年よりストレート/スライダー/チェンジアップの3球種に絞る傾向が強く出ている点でしょうか。スライダーとチェンジアップについては、打者の左右で使い分ける傾向も顕著になっており、対右打者にはスライダーを52.5%投じ、対左打者にはチェンジアップを40.9%投じています。それだけこの2つの球種に自信のある表れとも取れます。

変化量データ

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変化量データについても、大きな変化のあった前年と違い、2019年は見違えるような変化は生じていません。個々の球種を見ていくと、ストレートのプロットが全体的に右肩下がりとなり、ホップ成分は失われながらも、かなり縦軸に近づくようなカット質のボールが見られたりといった変化はありますが、前年からの傾向をそのまま引き継いでいる状態です。

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変化量を数値化してもそれは明らかで、全体的にスライド成分が強まっているような傾向はありますがそれも1~2cmと微々たるものです。スライダーは球速を落とし、横変化を意図的に大きくするような微調整は行なっていたようですが。

前年ホップ成分の大きく落ちたストレートはさらにホップ成分が落ち、前年平均に近い軌道となったことで打ち込まれるようになったという課題はそのままでした。生き残るために前田が選択したのが、前年に確立した投球スタイルをブラッシュアップすることだったのでしょう。

2019年まとめ

伝家の宝刀・スライダーと前年大きく進化を遂げたチェンジアップを、更に前面に押し出していくような投球スタイルを見せました。そのスライダーやチェンジアップを多く投じる以外では、特に何か変化があったわけではありませんが、このスタイルを突き詰めることで複数の指標でMLBトップクラスを記録しています。(下記グラフ参照)

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※Exit Velocity‥打球速度のこと 打たれた打球の速度が低いほどGreatに振れる

ですので、このような投球スタイルを追求していくことは一定の成果を挙げたと言ってもよいのではないでしょうか。

5.総括

以上の4年間の歩みをまとめると、
2016年:ホップ成分の強いストレートとカットボールに近いジャイロ気味のスライダーを武器とするも、その他のチェンジアップ等の変化球には落差なく課題が残った。
2017年:リリーフを経験することで、出力の向上に成功。カットボールを新たにレパートリーに加えたものの課題の対左打者には打たれ、ホップ成分の強さからか一発長打を浴びる場面も増えた。
2018年:落差を大きくしたチェンジアップが大きな武器として機能し、ナックルカーブを決め球として使うなど投球の幅を広げ、大きな進化を見せた。一方、ストレートはホップ成分を失い、平均的な軌道となってしまったために痛打を浴びる場面が増えた。
2019年:前年の投球スタイルをブラッシュアップする形で、対右打者にはスライダーを、対左打者にはチェンジアップを投じる投球スタイルを確立。被打球速度等の指標でMLBトップクラスの数値をマークするなど、一定の成果を収めた。

という具合でしょうか。

もう少し簡易的にまとめると、ホップ成分の強いストレートとスライダーを武器とした前半2年間と、ドロップ成分を増したチェンジアップとスライダーを武器とした後半2年間という分け方が出来るのではないでしょうか。

出来高で大きく年俸が変動する契約の関係もあり、2016年以降は先発としてシーズンを完走できていませんが、投球スタイルを変化させながら、投手としての実力向上を図り、MLBという舞台に適応しようとしていることが以上より分かるかと思います。

今後もこの投球スタイルを継続していくのか、はたまた新たな投球スタイルを披露してくれるのか。先発リリーフどちらでも一定の結果を残し、打撃や守備でも存在感を見せるなど非常に器用な投手である前田が、来季はどのような変化を見せてくれるのか非常に楽しみです。

データ参照 Baseball Savant(https://baseballsavant.mlb.com/)
      FanGraphs(https://www.fangraphs.com)

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