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村長の引継ぎ⑧

《新たなゴミ施設》

 村の入り口付近の崖の上にゴミ捨て場用の小屋が建てられており、ゴミがきちんと分別されているか確認するのが細田さんの朝の仕事のひとつだった。
 小屋は既に二十年以上経っており、ゴミ捨て場自体がゴミより汚く、さらに崖の上で森の木が垂れ下がっており、子供らは怖がって近寄らなかった。
 細田さんも日常の掃除はしていたが、一念発起してそこを綺麗にする意欲もわかずじまいだった。

 そうして、朽ち果てるままの年月が経っていったが、村に戻ってすぐの頃に村の主婦連中のどうにも我慢ならないといった声を聞きつけて、何とかしようと考えていた。

 一年ほど前の雨が上がった日に、ゴミ施設の奥からなめくじの大群が出たということで、施設の戸を開ける者がいなくなった。勇気を出して施設の中に捨てに行った主婦は腕に紫色の発疹ができ、ふもとの医者まで行ったそうだった。
 彼女は、医者にゴミ施設のなめくじの話をしたが、原因がよくわからなかったので、一般的なアレルギーの薬を処方してもらった。そこから発疹はなめくじが原因だという話になり、ゴミ施設の手前の通路にしか捨てられなくなり、日が照り付けると、周囲数十メートルに亘って鼻腔に直撃するような悪臭が漂った。

 当初細田さんはこわごわと施設の戸を開けて、ゴミを移動していたが、発疹の話が広まると、離れている家族から施設接近禁止令が出て、小動物の仕業で周囲に散らばったゴミを集めるにとどまっていた。

***

 ゴミ施設の裏手にある崖には縄が垂れており、かなり以前に遭難した男を救助した名残があった。彼は村の者ではなく、迷い込んできたのだが、もともと死に場所を探していたということで、ここに辿り着き、余りの臭さに死に場所を変えようとしたところ、足を踏み外したということだった。

 崖下はマムシの住処だったが、怪我もせず噛まれもせず助かったのは、生きていろという神様のお告げだろうと、彼は村の救助に感謝しつつ、小さな村の神社に毎日お参りしながら数か月間細田さんの実家にお世話になっていた。
 勤務先での悩みがあっただけで、体が悪いわけではないので、彼なりに考えて、細田家の使い走りをしており、細田の親父さんもこれも何かの縁だろうと寛容に構えていて、彼が帰りたいときに帰ればいいさと放っておいたそうだった。

 しかし長らく滞在しているうちに、優男だったせいもあり、細田さんの妹さんが惚れてしまい、そのままある早朝に駆け落ちしてしまった。
妹さんには許嫁がいたため、そうするしかなかったようで、書置きには、これまでお世話になったことが長々と書かれてあった。

 今日戻るか明日戻るかと村の入り口で待つうちに、その書置きを暗記するほど読み込んだ細田さんは、そこに小屋を建てて自称自衛官になったという話だった。

 その後、その許嫁も諦めて結婚したことが風の噂で彼女に届き、二人は二歳の娘を連れて丁重にお詫びに来たのだった。
 細田のお母さんは孫が自分にそっくりだということで、一瞬で全てを水に流し、一晩中孫を抱いていたそうだ。
 ただ、細田さんの小屋暮らしは、いつのまにか村を守るという目的に変わっており、妹さんと会って喜んだのも束の間で、再び実家から離れて一人暮らしを続けていた。

***

 さて、役場の中で、ゴミ施設の新たな設置場所も検討したが、街から軽トラが出入りしやすい場所で、村の中心から最も遠い場所で、風が村から流れるような場所というと、今あるところしかなかった。なので、一旦その隣に仮設置き場を作ってから新たな施設を同じ場所に建てることにした。

 再建するゴミ施設は、頑丈で広くがけ崩れを防止し、さらに間違って崖に落ちないような塀で囲み、車が安全に停車できるようにし、夜間は太陽電池で照らされるような一石二鳥以上を目指していた。
 公共工事にて入札で決めたものの、予算の割には危険な工事でもあり、県庁時代に知り合った特殊土木の業者に頼むことになった。雨が降ると危険なためか、彼らは短期決戦で工事し、新たなゴミ施設場はあっという間に出来上がった。

 これまでの二倍はある綺麗で整った施設からは、新鮮なコンクリートの匂いが漂い、久々に施設を見るものも、別の場所に来てしまったような気がしていた。崖下から鉄骨で補強され、二メートルほどの塀で隔離されており、しだれかかっていたお化け屋敷のような木は伐採され、ゴミ施設とは思えない出来に仕上がっていた。

 ソーラーパネルが施設の屋根を覆っており、暗くなると自動で内部の電灯がともり、それとともに、村で一台目となる自動販売機のバックライトもついた。ゴミ回収の会社が工事業者経由で設置したもので、回収で喉が渇くという理由もあり役場もすぐに承認した。

 施設の運用が始まる日、役場の連中と村民が集まり、テープカットをした。
 その途端、後ろに並んでいた子供らが押しかけ、施設の入り口の塀に登ったり、大きな鉄の引き戸を開け閉めして遊んだりし始め、女の子の、くさくなーい!という声がこだました。

 数名の子供らが自動販売機を取り囲み始め、一人の子が、この黒いの知っているかぁー、これ飲むと歯が溶けんだぞー、だから入れ歯している年寄りが喜ぶんだぞー、と他の子に講釈を垂れていた。
 副村長がそれを聞いて、しっ、しっと言って子供らを蹴散らせた。ろくな噂しねーからな、と言いながら、ポケットから硬貨を出して、ごろりと落ちた炭酸飲料を取り上げた。
 子供らは、入れ歯だー、入れ歯だーと、囃し立てて逃げていった。

 その後、自称自衛官の細田さんも、村の守り神が魂から抜け落ちたようで、ゴミ施設そばの小屋から、近くの両親の住む家に引越ししていった。
 小屋には彼お手製のシンバルが寂しくぶら下がったままになっており、時折風にあおられて風鈴のように鳴っていた。

【村長の引継ぎ】
最初の話:村長の引継ぎ①《着任の日》
前の話:村長の引継ぎ⑦《若かりし頃》
この話:村長の引継ぎ⑧《新たなゴミ施設》
後の話:村長の引継ぎ⑨《分校の準備》

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