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ハゼと神社

 海上の旅館に来た。私の部屋は奥から一つ手前だ。
 和室に入って海を見ようと引き戸の板窓を開ける。するとしばらくするとそれはゆっくりと閉まっていく。何度か試みるが、同じように閉まるので、もしかして隣と共有の板窓になっていて、彼らは開けたがっているのではないかと疑った。ただ、強引に開けてしまうと失礼なのでゆっくりとした自動ドアのようにして開けているに違いなかった。
 廊下沿いに奥の部屋をみると、廊下に子供用の低いベッドがあり、布団にくるまっている人がいるように見えた。もしかして部屋の中には病人がいて、ひとりは廊下に出ざるを得ないのかと思った。
 すると、案の定、隣から話し声と、それに重なるように激しい咳が聴こえてきた。彼らは長逗留をしており、三人が順番に廊下のベッドに寝ることで、全員の病気が深刻にならないようにしているのだった。
 旅館は海岸と中空の長い廊下でつながっており、私は陸地に戻ることにした。廊下のつくりは貧弱で、床板はところどころ海に落ちていて、次第に激しくなってくる高波の中、急いで渡っていった。そうして陸地が見えてきたら、そこは、旅館の窓から見えていた小島だった。頂上に赤い神社があるだけの切り立った島で、廊下は神社まで続いていた。ここに滞在するとして、生活するには魚を取るしかなかった。
 眼下の磯にいた子供が自分の背丈ほどもある大きな魚を抱いて走ってきた。彼は磯から神社に続く階段を大急ぎで駈け上り、神社の手水舎の横に魚をおろすと、また磯まで飛ぶように駈け下りていった。その子供の運動能力は目を見張るものがあった。
 置いていった魚に近づくと、それは思ったよりも小さく、ハゼのようになっており、神社に続く石段をぬるぬると進み、縁の下に消えていった。
 西日が縁の下までさしてきて、ハゼの行方を目で追っていたら、先ほど隣の部屋にいた二人が浴衣のまま神社の階段を駆け上ってきた。彼らの秘密を知ってしまったからに違いないと、神社の縁の下に身を隠し、木組みの上方に身を横たえ、彼らから容易に見つからないようにした。
 二人は神社をグルグル走り回り、絶対に私を見つけようとする執念を感じた。梁の上でバランスを取っていると、さきほどのハゼが服の中に入ってきて、首から顔を出し、その大きな目で、私と一緒に二人の様子を眺め出した。
 一人が縁の下を覗き込み、ハゼの目が光っていたのでぐんぐん近づいてきて、ハゼと目を合わせていた。実は彼らもハゼの一種で、それは求愛の行為のようだった。彼らは私ではなく仲間を探していたのかもしれなかった。
 私は服の中のハゼをそっと取り出し、彼らが見つめ合っている間に、縁の下から飛び出し、神社の裏手の崖に向かって走り、海に向かって思いっきりジャンプした。落ちつつある私を夕日が照らした。


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