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いま寄り添うためのことばを(趣旨)

「いま寄り添うためのことば」をあつめます。

詩と生活のzine「ゆめみるけんり」は、友zine(ユウジン=親しいzine)である「て、わた し」とともに、noteを始めます。背景には、コロナウイルスをめぐってつづく生きづらい状況があります(下に記す趣旨をご一読ください)。ここでは、寄稿を募って、以下のような作品を掲載していきたいと思います。

テーマは、「いま寄り添うためのことば」。

テーマに関係する、以下のような作品を掲載します。
①過去に(わたしたちのzine等に)発表された作品
②テーマに沿った新しい創作・翻訳作品
③いま読んでほしい(見てほしい)作品の紹介

下記の趣旨に共鳴してくださる方であれば、わたしたちのzineに関係のない方でもご参加は大歓迎です(必ずしも“賛同”でなくても構いません)。また、ジャンルもいわゆる「詩」や言語による作品に限りません。「いま寄り添うためのことば」だと考える作品をお寄せください。参加にあたっては、末尾の詳細をご確認いただければ幸いです。

寄せられる作品は、現在のコロナウイルスをめぐる状況とはまったく関係なくつくられた/翻訳された作品かもしれません。しかし誰かが願いを込めて送り出したことばは、きっと誰かに届くことをわたしたちは信じます。

読まれた方からのコメント等、フィードバックもお待ちしています!

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趣旨 〜いま寄り添うためのことばを〜

翻訳詩を核としたわたしたちのzine「ゆめみるけんり」は、詩と生活のzineを標榜しています。ところが、いまコロナウイルスという病気によって、また病気をめぐる為政者の対応・要請によって、わたしたちはまさに「詩」と「生活」、そして「ゆめみるけんり」を奪われています。

「詩」は常に不急のものであり、それが無くても生きられるようなものかもしれません。わたしたちのまったくささやかで変わり映えのしない平凡な「生活」は、いま「戦争状態」「緊急事態」という暴力的な言葉によって断絶され、いつ終わるかもわからない非日常を生きることを強いられています。このように詩と生活が奪われる事態は、戦争というあからさまな暴力ではなく、正体の未だ分からない疫病によってもたらされることになりました。病気は、わたしたちの健康や生命を人質にとって、あらゆる緊急措置を可能にしており、抵抗する術もないままに、わたしたちは何をすればいいのかも分からず、立ちすくんでいます。

しかし、こんな時に、詩こそが、詩だけができることがあるとわたしたちは確信しています。大きな言葉が、情報がわたしたちを疲弊させている。大きな主語が、断絶を促している。大きな力におもねる言葉によって、生活が破壊されている。自分の言葉さえ、誰かの代理で語る道具となってしまっている──このような時に。詩のような小さな、ごくパーソナルな、ささやかな言葉ならば例えば、ひとりぼっちで家にいるあなたの隣にすっと寄り添うことができるかもしれません。ふと遠くの世界を垣間見せてくれることで、気持ちを軽くしてくれるかもしれません。

家にいることは、今の状況においては大切なことだと思います。しかし、そこで私たちは圧倒的に孤独になって、あまりに多い情報と大きな声によって、パーソナルな言語=詩を失ってしまう。いまわたしたちに、わたしとあなたとわたしたちに、寄り添ってくれる小さなことばが必要です。要請するでもなく、非難するでもなく、冷笑するでもなく、脅かすでもなく、(それは無力であるかもしれないが、)ただただ寄り添ってくれることばが、味方となってくれることばが必要です。そこから、きっと「ゆめをみる」ことを、少し先の明るい未来をゆめみて笑うことを、取り戻すことができるかもしれません。

(ゆめみるけんり・工藤順)

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趣旨文をうけて、山口勲さん(てわたしブックス)からの手紙

工藤順さん、そしてこの企画を気にしてくださった皆様へ

こんにちは、てわたしブックスの山口勲です。

今回、『ゆめみるけんり』の工藤さんの提案で、寄稿を募ります。
工藤さんの呼びかけに答えたいとおもった理由を書かせてください。

2020年に入ってから今日までで私の日常は一変してしまいました。
何度も迷ったのだけど、この言葉で始めざるをえませんでした。
そしてこの言葉で記し始めた結果、二つのことがわかりました。
一つは自分が無自覚に21世紀を生きているという事実。
もう一つは生活する人間の意志を確認する必要性です。

 Covid-19の流行によって、私は当然のようにつかっていた移動の自由を強く拘束されることになりました。日本国憲法によって保障された自由は未だ私の手元には残っています。しかし、この自由を行使するためには強い意志と危険を甘受することが必要になりました。
 ウイルスが求めていたこの拘束は、いまや行政が求めるものとなりました。この拘束の結果、私の生活を支えるもの、たとえば私の大切ないくつもの書店やパン屋の継続、は私の持っている自由と強くむすびついていることが明らかになりました。

 そんななか、お仕事の動かしがたい異動により四月に生活の拠点を移された工藤さんが無事に生活をはじめられたことをうれしく思っています。

 さて、先ほど取り上げた二つのこと「自分が無自覚に21世紀を生きているという事実」そして「生活する人間の意志を確認する必要性」について書かせてください。


 まずは、「自分が無自覚に21世紀を生きているという事実」について。

 まず、私がCovid-19の流行によって感じたのは、身の回りの自然科学について何も知らなかったことです。例えばコロナウイルスという言葉が、一般的な鼻風邪をあらわすことすら一週間前までしらなかったくらいでした。
 私はいま、神戸大学病院感染症内科の岩田健太郎先生の発言を通じて既に存在している感染症への対策と実際に行われた政策の評価を学んでいます。岩田先生から伝えられた感染症の対策を見ると、私たちの行えることは19世紀からあまり変わっていません。
 そのうえで今回の流行まで、自分が手洗いうがいを励行していなかった事実に向き合うと正直恥ずかしくなります。

 言葉を選ばずに言うと、自分が21世紀に生活をしているのは20世紀末に生まれたからにしかすぎません。今回の流行によって、私はようやく19世紀に少しだけ近づいたことになるのです。

 自然科学に対する無知は、社会全体にも現れているように感じます。例えば、感染を防げなかった著名な人たちが謝罪をしているのを見ていると、ユダヤ人やジプシーが疫病の流行によって虐殺されていたことを思いだします。
 病に感染すること自体は悪事でないこと。人との距離をとれなかったら病にかからざるを得ないこと。感染源として出会う人一人一人を疑いきれないこと。といった自明なことが崩されていると感じます。
 そのうえ、自分自身が感染源となって人に迷惑をかけるかもしれないという恐怖は自己肯定感を大きく引き下げていると感じます。

 さらに言うと、私たちは19世紀に比べて圧倒的に食糧などの生産量を増やしているにもかかわらず、19世紀に明らかになっていた感染症対策を可能にする社会で生活をしていませんでした。私は自分の力だけで自分の大切にしたい人全員とともに生きられない事実を受け入れようと改めて努力しています。

 その中で改めて感じるのが「生活する人間の意志を確認する必要性」でした。
 この一か月、私はTwitterを一日に一時間程度確認しています。
 タイムラインに流れているのは人を振り回す情報です。日々変わっていくウイルスと行政の対応に振り回される人々の怒り、フェイクも入り混じった報道、工業化された政権擁護や批判。

 私自身、とても不健康だと感じながら、振り回されていました。
 そして不健康なことから離れた時の日常に安心を繰り返すことでこの一か月を生活してきました。

 今回の工藤さんの呼びかけであらためて感じたのは、人間の生活がある程度同じリズムで刻まれることの大切さと、その継続の意志です。
 食事を日に何度か食べ、一定の睡眠時間をとる大切さ。
 仕事をはじめ、きりのいいところで終える大切さ。
 自分や大切な人のことを思う大切さ。
 こういった大切なことに自分の意識を集中させることの大切さ。
 この繰り返しによって得られる自分自身が生活できていることの安心感。
 
 私はCovid-19の流行と行政に振り回されると同時にたまたま仕事の繁忙期が重なる中、自分自身が生活できていることの安心感をTwitterから食卓にもどることだけで感じていました。
 そして、工藤さんの呼びかけに応えられるようになって感じたことは、この安心感はもっといい形で得られるはずだということでした。
 つまり、日々移り変わるタイムラインを追いかけて自分を傷つけることではなく、自分を含めた人たちが生活する意志を受け取ることで、もっと前向きに自分が生活に向き合えると感じました。

 今回の呼びかけで詩や文章を寄稿すること。そして寄稿された作品を読むことは、私にとって、そして私だけでない人にとって前向きに生活に向き合えるきっかけになると信じています。

 私は今回の呼びかけに共感し、寄稿するとともに、合評会も開催したいと思っています

 作品をお待ちしています。そして、お話しする時間も作れるとうれしいです。

(てわたしブックス・山口勲)

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寄稿を希望される方へ

趣旨に共鳴し、参加を希望される方は、ぜひ下記メールまでご連絡ください。はじめましての方もどうかお気軽に!

⭐︎ゆめみるけんり(工藤):droit.de.yumemir*gmail.com(*を@に換えてください)

あらかじめ以下のことをご了承ください。
・著作権は、各寄稿者に属します。お申し出いただければ、いつでも投稿を削除することができます。
・当初期間限定で公開することを想定していましたが、掲載には特に期間を設けないことにしました。[4/20更新]
・ご自身が著作権を有する作品をお寄せください。翻訳であれば、保護期間を満了し、あるいは原著者から許諾を得てご自身が翻訳した作品。創作であれば、100%ご自身の作品。など。詳しくはご相談ください。
・作品の形態は、noteで実現可能な形式に限ります。逆に言えば、画像や音声による投稿も可能です。
・掲載に際して、金銭の収受は発生しません。

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[関連リンク・お問い合わせ先]
お問い合わせは、ゆめみるけんり・工藤までお寄せください。メールアドレスは以下の通りです。
droit.de.yumemir*gmail.com(*を@に換えてください)

・てわたしブックス:http://tewatashibooks.com
・詩と生活のzine「ゆめみるけんり」:https://droitdeyumemir.blogspot.com/