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「大好きだからね、いつまでも」と届きましたか?短編小説

「カナちゃん、次お風呂お母さんが入って良い?」
脱衣所からのドア越しから安心する声で話す母に、はぁいと浴室で響く大きさで答えた。
もう十分に温まった身体を確認し、もう一度湯船で顔を洗ってから立ち上がる。

身体を拭いていると、母が脱衣所に戻ってきて
いそいそと服を脱ぎ、しっかり乾かすのよと声をかけてきたので、私は浴室に繋がる扉を譲った。

髪を乾かそうとドライヤーを背伸びして取り、
鏡にはまだ頭しか映らないが、なんとなく鏡の方を見上げながら乾かす。

ドライヤーの熱か、それとも湯船で温まったのか、少し背中と顔まわりが汗っぽくなり、
もう一度タオルで顔まわりの水気を拭き取った。

脱衣所の目の前は廊下で、出て右へ進むと奥に私の部屋と兄の部屋がそれぞれある。
外気を入れ替える窓が大きく、その為家の廊下は長い。
少しの汗を乾かすのにはちょうど良い廊下だ。
ひんやりする廊下の床が気持ち良い。

ただ今日は左のリビングから、楽しそうなテレビと、兄の笑い声がするので向かった。
「何のテレビ?」
そう尋ねると、ソファに座っていた父が代わりに「付けたらやっていた」と答えた。
一緒にテレビを見る仲の兄が笑っているのだから、番組名が分からなくとも楽しいだろう、そう思い一緒に見ると、
私の好きなアイドルグループの一人が出演していた。

「よくこいつ見かけるけどアイドルなんだな」
そう兄が一言、ポツリと言ったのを見逃さなかった私は、アイドルグループの名前を伝えた。
「凄い歌も上手だし、面白いし、YouTubeも凄い楽しいんだよ」
(…YouTubeも?)
そう一瞬頭を過ぎる。
あれ、何故か、何かが、おかしい。

父はこちらを見ずに新聞を開げていたが、アイドルの顔を一度見ては、確かによく見かけるなと伝えてきた。
「あぁ、うん。よく見るよね」
お風呂上がりだからだろうか、喉が枯れてきた。

"何か"兄に言わないといけない事があった気がする。


そう思いながらも、思い出せる事はなく、一緒にテレビを見て笑った。
コマーシャルに入り、父が思い出したか様に、
「カナ、おばあちゃんがりんごあるって言ってたから貰っておいで」と伝えてきた。

(え?何言ってるの?)
そう思ったのも束の間、リビングの隣の階段から声がした。
「カナちゃーん、りんご取りに来てくれるー?」
おばあちゃんの声がする。
はぁい、と返事をし階段まで向かうが、おかしい。
違う。何かが。

私の家は二世帯住宅だから下の階におばあちゃんが住んでいた。
住んで"いた"のだ。
今はもう、娘家族の家へ引っ越ししたから居ないはずだ。
それなのに、下にはおばあちゃんの声がする。



待て。
私は今何歳だ?
鏡も見えない身長だから勝手に7歳くらいと思っていた。
これは思い出か?
私は今は、何歳だ?
兄はまだ学生の顔をしていたが、
このアイドルを知ったのは26の歳で、彼らのYouTubeを見出したのは27の歳だ。

え?
兄は今何歳だ?
そう思い兄に目を向けると、兄は部屋に向かう様で私に背を向けていた。
先ほどとは違い、明らかに成人男性の背中をしている。


たった数メートルしか離れていないが、凄く遠い気する。

そうか、時間軸がおかしいのか。
これは思い出じゃない。
だって兄は。
そう、兄は…、もう…。


急に口の中が鉄の味がしだした。
あぁ、私泣いてるんだ。
これは夢か。
夢の中で夢と気づくなんてどうかしてるけど、
けど兄に会えた。
気づいてしまった以上、もう間もなく現実世界へ戻されるだろう。

「お兄ちゃん!」
声はまだ出るみたいだ。
「お兄ちゃん!」
振り向かない兄を見つめながら周りを見ると、
家の中の家具や父はおらず、
私たちを結ぶ白い線のような直線だけが照らされていた。

「あのねお兄ちゃん」
声を大にして叫んでいるが、聞こえているのかは分からない。
一歩ずつ前へ進み兄は立ち止まっているのに、何故か距離が縮まらない。
むしろ離れていく。

「お兄ちゃん、私ね、ほんとにね」
涙が溢れて前が見えないのか、徐々に現実世界へ戻っていっているのか分からないが、兄の方を向いて言葉をかけ続ける。
たった10文字ほどの言葉を口にしているが、すごくゆっくり伝わっている。
果たして届いているのだろうか。

「ほんとにお兄ちゃんの事…」
その後の言葉を口にした時、
目が覚め、枕を濡らしまくる私が居た。


お兄ちゃんに届いていると良いな。




チョコレートに牛乳


私の友人の兄が亡くなったと悲報を聞きました。
私にも兄が居ますが、
そこまで仲良いわけでは無いですが、
それでも兄には幸せで健康で居てほしいと願っています。





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