モノかき彼女と絵描きのボク _ Day 2


  Day 2 - PM 11:48 -

 彼女の朝だけではなく、夜もだいたい遅い。
 もっとも、朝が遅いぶん昼夜逆転しているだけとも言う。というか、きっとそっちが正しい。
 健康には良くないなぁとは思うものの、ものづくりに携わる人間として気持ちは分からなくもないので、いまだにあまり強くは言えないでいる。

「はい、どうぞ」
「お、ありがっとー」

 先ほどから彼女が噛り付いているデスクの隅に、邪魔にならないようにタンブラーを置く。中身は、淹れたての珈琲。興が乗っているところなのか、返事はするものの彼女の顔と意識は原稿に向かったままだ。
 いつものことなのでボクはそれ以上は声をかけず、自分で淹れた珈琲を手にしてリビングのてソファに腰を下ろした。
 彼女のデスクは同じリビングの壁際にあるので、その様子はソファからよく見える。ボクはこうして、彼女が一心不乱に、時に天を仰いだり、時に頭を抱えたりしながら小説を書いている姿を見るのが大好きだった。

「小説家、かぁ」

 彼女が小説家だと聞くと、意外そうな顔をする人は案外多い。おそらくそれは、彼女のビジュアルや言葉遣いからくるパブリックイメージと実際の彼女とのミスマッチが理由だろうなぁと思う。
 女性にしては高めの身長と、決して目つきが悪いわけではないのだけれど、相手の目を真っ直ぐ見ながら話すせいか睨んでいると勘違いされやすいアーモンド形の瞳。
 その瞳の色も、前下がりに切り揃えられたエッジのきいたボブカットの髪も、どちらも色素は薄くて茶色に近かった。
 また、ボクたちが今住んでいる街よりも西の方の出身のため、言葉遣いやイントネーションも少し違う。身もふたもない言い方をすれば、ガラが悪く聞こえやすい。
 そういうものが積み重なって、付き合いの浅い人にはよく『むかしヤンチャしてたらしいよ』と噂をされていた。
 というか、ボクも初めて彼女とふたりきりで会った時は正直ビビった。
 でも、会って2分で

『わたしさー。こう見えてオタクやねん』

 とカミングアウトされ、ボクがそれに背筋を伸ばして『ありがとうございます、ボクもです』と謎の答えを返したその日、気づけばふたりで一晩中語り明かしていた。
 彼女とボクとでは、オタクと言っても全然対象ジャンルが違うということはすぐにわかったけれど、それでも趣味や好みがやたら合うこともあり、その後は一気に仲良くなれた。
 そして、半年も経たないうちにこうして一緒に暮らしている。

「ちょっとだけ勢いに押し切られた感はあったけど……まぁでも、正解だったかな」
「なーにが正解やの?」

 ぼーっとそんなことを思い返していたため気づかなかったが、いつの間にか手をとめていた彼女が椅子の上であぐらをかきながら、今度はカラダごとこちらに振り向いていた。

「……キリよくなったの?」
「せやね。メドは見えたかな」

 そう言って、彼女はタンブラーに手を伸ばすと、ゴクゴクと水を飲むように喉を鳴らす。

「あーっ。やっぱボクちゃんの淹れてくれる珈琲が、いっちゃん美味しいわぁ」
「それはどーも。今書いてるのは、どういうお話?」
「移民先を探す宇宙船の中で、男性型アンドロイドの執事が、7人の欲にまみれた女性たちに仕えて、あれやこれやする愛憎劇」

 えーと……。なんだか情報量が多すぎて、うまくイメージができない。

「それ、どこの層に需要があるの……」
「知らんの? 最近のオンナノコたちは、意外とこういうのが好きやねんで」

 彼女の返事にマジかよとは思ったものの、売れっ子作家の言葉である。信憑性は高い。ボクの中で、もしかして自分は世の中についていけていないのだろうか……という不安が急に頭をもたげてきた。

「まぁ、それは置いといて。なにが正解やったの、ボクちゃん」

 もんもんとするボクを放置して、脱線しかけていた話を彼女が強引に元の流れに引き戻す。

「えっ? あぁ、んーと。一緒に暮らし始めたこと?」
「おー、ほうかほうか」

 思わず素直に答えたボクに妙にオッサンくさい相槌を打った彼女が、こちらをニヤニヤと見つめていた。

「ボクちゃんはなー。わたしのこと大好きやからなー」
「まぁ……そうデスネー」
「せいやろせいやろ、大好きやろー?」

 歌うように言いながら立ち上がり、トテトテとこちらへやってくると、彼女はソファの隣にどかっと腰を下ろす。

「ま、わたしのほうが、ボクちゃんのこと大好きやけどな!」

 そして、イタズラ好きの少年みたいな笑顔で、屈託なく笑った。
 つられて、ボクも自然と口元が緩む。しばしふたりで笑い合うと、彼女はボクのひざの上にコテンと転がってくる。
 最初のイメージとのミスマッチと言えば、ボクはこれに見事にやられたわけで。いわゆる「ギャップ萌え」というやつである。我ながらベタだなとは思ったが、侮るなかれ。王道は良いものであると、彼女と過ごす中で今も思い知らされている。

「そしたら元気も出たし、もうひとがんばりするかなー」

 そうして少しの間ゴロゴロしていた彼女だったが、やがてうーんと伸びをしながら立ち上がると、ボクの頭をポンと軽くたたいてから原稿の待つデスクへと戻っていった。

「……あとどれくらいかかりそうなの?」
「んー? 夜が明ける前には終わるんちゃうかな」

 自分でも思ってなかったくらい寂しそうな声が出たせいでちょっと焦るが、彼女は変わらない様子で答える。
 さすがに待ってても仕方ないと思ったボクも、先に寝ることに決めて歯を磨こうと立ち上がった。

「心配せんでも、後でちゃーんとボクちゃんとこいくから」

 重い足取りで洗面所へと向かおうとしたボクだったが、デスクに向かったままの彼女からそんな声が飛び、足を止める。

「布団の中で、おとなしゅう待っとくんやで」

 続いてやってきたセリフに、相変わらずオトコマエだなぁと口元がにやけた。
 再び洗面所へと向かい出したボクの足は、その一言でずいぶん軽くなっていた。

  Day 2 - END -

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