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かばさんの習字教室③


かばさんの習字教室は

フリースタイルで通いやすく、
とにかく褒めて伸ばしてくれる。

保護者にもウケがよく


当時近所の小学生のほとんど、
数十人が

かばさんのところへ
習いにきていた。







習字に通いはじめてから


わたしは土曜日の午後が
待ち遠しくてたまらなかった。


予定が無く退屈な日は
お題を提出して一度帰宅しても、


また書きたくなって
また行く程だった。


もちろん、かばさんは
いつでも温かく迎え入れてくれる。





土曜日は

早く行きすぎると
かばさんもお昼休憩で
習字場にはいないし、


ひとりで書いて、
1枚良い出来のものを自分で選び

提出してかえる日もある。


それもなんだか寂しい。

そこを避けて
14時頃に行くと


今度は近所の元気いっぱいの
小学生が続々とかばさんの
習字場に集まる。


(当時、”習字教室”とは呼ばずに
”習字場”と呼んでいたことを今思い出しました。笑)



そうなったら落ち着いて
書けたもんじゃない。


ひどい時は一気に習字場が
カオス化する。


大声でふざけて
じゃれ合う男子たち、

お題はそっちのけで

白い半紙を墨で全部真っ黒に
塗ることに集中しだす子、
(もちろん墨まみれ)


半紙を破いて
工作を始める子
(墨は糊の役目も果たす。笑)


なかには親に
「早く習字に行きなさい」とでも
言われたのか、イライラと
ムスッとした顔で壁に八つ当たりする子。


じっくり書きたいのに
うるさくて集中できなくて
困っている子、


さまざまな背景が入り乱れ
ちいさなプレハブ小屋が
揺れるほどの騒ぎとなる。


普通の声では会話もできないので
どんどん声は大きくなる。

人気者のかばさんは
子どもたちに
もみくちゃにされ


ふわふわの天然パーマも
おんなの子たちに
「三つ編みしてあげるね♪」と
もしゃもしゃになり

抱きつかれては
大きなめがねも
かた向いてズレていた。



もちろん、かばさんも
やってはいけない事は注意するが
なぜかあまり怖くない。


その為やんちゃな
小学生たちには通用しない。


むしろ子どもたちは注意するかばさんを
面白がっていた。


学級崩壊、そんな例えが
しっくりくるだろうか。

こうなると
かばさんひとりでは
到底手に追えない。




なかでもわたしにとって
高学年の男子たちは
とても怖い存在だった。



そんなまわりの様子を
わたしはいつも
息を潜めて眺めていた。





混んでいる時はまた時間をずらして
出直してみたりと工夫が必要なほど

大人気のかばさんの習字教室。

習字場に行く時間帯を見極めるのは
ある意味、賭け事のようだった。





どんなときも


その日の土曜日もわたしは
黙々と取り組んでいた。

時間が過ぎるうちに
子どもたちの数も増え

またどんどんその場が
荒れはじめてきた。


するとやんちゃな高学年の男子が

かばさんが外へ席を外した隙に

テーブルの上に上がり
つま先立ちをしてフラフラしながら
天井に筆で落書きをし始めた。

墨で書いてしまうと、
もちろん取れない。
しかも、天井。

”あぁ、さすがにこれは叱られるだろうな”


心の中で思った。





かばさん、一体どんな反応をするんだろう、

きっと、今まで見たことないくらいに
すごく怒るのかな…


わたしはこの数分後に起こる
かばさんの反応を想像しては


ちょっとワクワクしてしまった。



すると程なくして


ガラガラッと勢いよく

アルミのサッシと砂が擦れる
滑りの悪い音が響いた。



かばさんが戻ってきたのだ。



落書きをしていた様子を
見ていた子が

すぐにかばさんに報告する。

「みて!○○くんが、天井に
落書きしたんだよ!?」

見事な告げ口。


書いた本人も

今回はさすがにまずいか…といった

一瞬、ばつの悪い表情を見せたのを
わたしは見逃さなかった。


にぎやかだったその場が
瞬時に静まり帰り、

みんながその様子を
固唾を飲んで見守った。


すると、かばさんは


大筆で描かれた
なんとなく太陽にも見えるような
落書きを見て


「おぉおおぉ、、これは、すごいな」



で、終了。


何事もなかったかのように

子どもたちの添削をするために
座布団に座った。


子どもたちはみんな、
ポカン、と口を開けて

あっけに取られた。

そしてまたいつもの
ざわざわとした習字場に戻った。






それから季節は巡り

落書きした男の子も卒業し
わたしが高学年になっても

ずっとその落書きは残されたままで
特に拭き取る努力をした形跡もない。


ある時はふざけて遊んでいるうちに
窓ガラスが割れても
ガムテープで修復。

かばさんが激怒した姿は、

在籍していた6年間に
一度も見たことがない。


かばさんはもちろん注意はするけれど
いつだって寛容だった。



かばさんのスタイルは

子どもたちをとにかく褒めて、伸ばす。
どんなに雑に書いた殴り書きの書も、

「勢いがあって、カッコイイ!」という。

まずは、丸ごと受け止めて全肯定する。


そのあとで、もっとこうすると良くなるよ、と
アドバイスをくれる。



するとそのアドバイスに子どもたちは
スッと聞き入れて次の書に意気込む。




当時はまだまだ理不尽な体罰も多い時代に

今、私たちが子育てする上で推奨されている

多様性、個性を大切にすること、

短所や欠点を改善しようとするのではなく、
良いところをとにかく褒めて伸ばす。



自己肯定感を育むということを

かばさんは実践していた。



当時、そんなかばさんの様子を見て学び、
たくさん褒めてくれた思い出は

大人になってからもずっと
心の中に温かいまま残っている。


そして


心が荒んだ時には
筆を持ちたくなり、


とにかく書いた。


そうすることで
一度、悩みやストレスといったことから
離れることができた。


かばさんから教わった褒め習字が


わたしの心を落ち着かせてくれる、
自分を整えるための

大切な術となった。






今、わたしは
筆ペンを使うことを
仕事に選び、

曇ってしまった人の心に寄り添い
そっと背中を押してあげられるような、

お手伝いをはじめた。




かばさんのように


あなたはそのままが
とっても素敵、

すでに良いところをたくさん
もっているんだよ、

と、筆文字アートを通して

たくさんの人の心を
豊かにしていきたい。

そんな風におもっています。


かばさん、元気かなぁ。



思い出が蘇る筆を持つ手が、

きょうも軽やかに動く





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