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コンセプトを形に〜ディナー編〜(第7話)

【前回の記事】

【イメージは小料理屋】

前回はランチタイムの営業について書いたので、この記事ではディナータイムについて書いていきたい。営業時間は17時〜24時。

お店を作る前、さてどんなお店にしようかな?とずっと考えていた。健康的な食事ができる事は取り入れたい、カウンターにおばんざいがぽろぽろっと出てあって、日本酒があって、私は着物で立っていて…。外から見ると暖簾が下がっていて、暖色の光が外に漏れている…。

作ったお店を一言で言うなら小料理屋だった。

・面倒くさくないお店

キーワードの一つに「面倒くさくないお店」を挙げていた。この営業方針にたどり着いた経緯、それは独立のための資金が欲しくて朝から晩まで働いていた時の経験からだ。仕事で手一杯だった時で、面倒くさいなと思う事が多々あった。

例えばファッション、毎日どの服を着ようかを考えるのは煩わしかった。その時間があったら寝ていたい。部屋の掃除、だれも来ないのだからとサボっていた。自炊もそうだった。

心に余裕が無くなった時に現れる面倒くささの正体が余計なジャッチメントである事は、偉大な経営者を例にあげた様々な記事に書いてある。手に入れたい事とか成し遂げたい夢に直結しないジャッチメントは時として煩わしいものだ。これは一種のストレスだと思うが、ここをケアするお店を作りたいと思っていた。

【ディナー営業】

では具体的にどんなお店だったのか。ちなみに客単価は3500〜5000円くらい、沢山お酒を飲まれる方は7000円程。ビールは一杯600円、冷奴400円、肉じゃが600円、日常使い出来るような値段設定だった。

・お席はカウンターのみ

まず私のお店はカウンターのみ12席のお店だった。テーブル席に比べてカウンターの作りは接客がとてもしやすい。基本的に対面からのサービスになるので、お客様の表情がよく見えるし、接客は丁寧な印象になる。またお客様と動線がぶつからないので忙しくなりにくい。

飲食業においてレイアウトはとても重要で書きたい事が沢山あるのだが、このロジックに関してはまた別の機会にするとして。ここでお伝えしたいのはカウンターのみにする事によって接客の重要性を高めたかったということだ。

・食べ物のメニュー

最終的な目標として、お任せでご注文を頂けるお店にしたいと考えていた。その導線として作ったものがお晩酌セット。おつまみ大小6品とお酒一杯が付いて2000円というもの。とりあえずこれをとご注文頂けたら作戦通り。有難い事にすぐに定着していった。お任せでお料理が出せるというメリットは食材管理の観点でもとても大きい。

お料理の量としては満腹にはならない程度で、もう一品頼もうかな?と思ってもらえるくらい。そのメニューは家庭的な料理であることも多く、ご飯とお味噌汁を500円で追加することもできた。

お晩酌セットに誘導させるために、お品書きを極力見えないような内装にした。お店の壁などにメニューは貼らず、注文が済んだら必ずお品書きは下げていた。このようにちょっとだけ不便にする事でお客様と私の接客ポイントを増やす。そうして私はお客様それぞれにあったサービスの判断ができるように努めていた。

壁にメニューを貼らないことはその他にも理由があった。このお店を家のように感じて欲しいとも思っていて、では家とお店の決定的な作りの違いってなんだろう?と考えていた時があった。そしてそれは壁にメニューが無い点だと気がついた。なので店内の見えるところにメニューは貼らない判断をした。

空間演出を考えた時に壁にメニューを置くか否かはよく考えなければならない。置く正解、置かない正解どちらもあるので、ご自身がやりたいお店はどちらなのか照合する。例えばこのお酒(お品)を多く売りたいから貼るなど、この程度の簡単な理由で決めてはならない。大事な空間演出!

・飲み物のメニュー

飲み物はビール、日本酒、焼酎、ウィスキー、ハイボール、レモンサワー、カクテル…と、だいたいの種類をカバーしていた。

そして1番の売りは日本酒だった。和食には日本酒だろう!という理由と、お店を開ける少し前に獺祭の大ブームがあったので決めたのだが、結果的に日本酒を売りにしてとても良かったと思っている。

ちなみにお店を始めた当時、プライベートで一番飲んでいたのはジャックダニエルのソーダ割り。正直、日本酒のことは全く知らなかった。純米?大吟醸?何のこと?って位だったが、ちょこちょこ勉強をしていき日本酒の素晴らしさを知る事ができた。

日本酒が素晴らしいお酒であることは勿論なのだが、良かった点というのは季節酒がある事だ。同じ銘柄でも荒走り、新米新酒、夏酒、ひやおろし等と季節によって味付けの違うお酒が通年で出てくる。また、使うお米の種類や精米歩合、酵母の種類、絞り方、熟成の度合い…などなど一つの蔵元さんから何種類も日本酒が出荷される。この日本酒の特性によって、毎週違うお酒を入荷する事ができた。

どんどん日本酒の品揃えが変わるので紙のメニューは作成せず、こちらも食べ物のメニュー同様お任せでご注文を頂けるようになっていった。

お店には常時8種類のお酒を用意していた。うち3種は定番酒、他の5種類はなくなり次第、別の銘柄と入れ替えるというオペレーション。日本酒はウィスキーよりも味が変わりやすいお酒なので封を切ったら冷蔵庫に入れておく必要があり、美味しいうちに売り切らなければならない。お酒の出数を考えるとこの本数がベストだった。

(たまに日本酒100種類をうたい文句にしているお店があるが、そのようなお店に行ったらまずは1番人気のあるお酒を頼んだ方が良い、かも…)

【ディナー営業の総括】

お店を開けてすぐの頃のお客様はランチで99%、ディナーで90%がご新規の方だった。ランチは比較的すぐにリピーターが増えていき固定客とする事ができた。しかし、ディナーは初期にかなり苦戦していた。ランチで家賃分くらいは稼げていたのか唯一の幸い。

・信頼関係

ディナーの苦戦の理由は複雑で要因は複数あるのだが、今回は信頼関係をテーマに書きたいと思う。その他の要因は追々記事にしていこう。

この記事の初めに書いた事だが、私は面倒くさくないお店を作りたかった。そのイメージは丁度良いお料理とお酒を気の利いた接客で提供するお店。そして自分たちがそんなお店になる為にはお客様の好みやクセを把握する必要がある。なので初めてのお客様に対しては残念ながら提供する事は難しく、馴染みになってもらってからやっと実現できる事だ。

お一人またお一人…ランチの何倍も時間をかけて常連さんを作っていった。お客様に信頼していただく為にはまずお客様のご要望を理解し、出来る限りそこに尽力しなければならない。ではどこまでその要望を聞くかという問題が出てくる。全てを叶えることは不可能だし危険だ。お店のコンセプトや他のお客様とのバランスなどを考慮しつつ答えを出す。

・開店当初

こんな立派な事を言いながら…お店を作ったばかりの頃は、それまでの何年間ずーっと考えてきた理想が大きくてお客様のニーズが見えていなかったなと思う。結果は残酷で、それだとなかなか常連さんが出来ず売り上げが伸びてこない。利益が出なければ生活が出来ないわけで、この辺りで不健全なプライドほど邪魔なものは無いことに気がつく。

「経営者の仕事は金を稼ぐ事だ!」この頃、ネットで見つけた言葉だ。理念を掲げる前に稼げてない経営者はやる事があるだろう、この様な事が書かれていたと思う。自分の理想を貫いてお店が潰れれば借金しか残らない。今までの努力は全て水の泡になる。

これまで理想を現実のものにしたくて頑張ってこれた。けど、いざ現実になると理想ってのはちっぽけな独りよがり。従業員へのお給料とお店の家賃、食材費…現実は現実だった。実際には切羽詰まるってところまではいかなかったが、辞める道は無いのだからもうやるしかない!って状況であった。

私は今まで考えてきた理想を一旦捨てて、とりあえず俯瞰してお店を見てみた。するとやがてお店のキャラクターが見えてきた。

・お店の人格

お店を作って半年〜1年位の頃だったと思うが、このお店にはもう人格のようなものが出来ているんだと感じた始めた。我が子の様に思っていたお店だが、もう私の一存では変えられない事があるんだと、何というかお店が大きくなった様な気がした。

お店を作るまでは全て私の判断で作ってきた。ハコを作るなんて言い方をしたりするが、その段階までの話だ。構想を事業計画書に落とし込んで、銀行に行って情熱を伝えて融資を受ける。大家さんとの契約、内装業者との打ち合わせと施行中の立ち合い、機材や食器、食材、備品の買い物…それら全ての判断を自分で下してきた。判断をすると言うのは責任者の大事な仕事なのだが、この主観的な思考のせいで作った後、お店を客観視するという事が出来ていなかったのだ。

それから出来る限りお客様のご要望に応えようと決め、コンセプトから外れない範囲で出来ることを考え行動していった。すると売り上げも徐々に上がって安定していった。

・価値と信頼

相場は需要と供給のバランスで決まる。需要が高まれば値段は上がり、供給過多になれば値段は下がる。需要があって初めて価値が生まれるわけで、商売をやってる以上そこを見つけなければならない。やっとそこに気がついた私はお客様との信頼関係を築くことができ始めた。

時折、お客様から信頼されているなとお店の成長を感じる時があった。それはお客様が大事な方をお店に連れて来られる時だ。ご家族だったり、お仕事関係の方だったり様々だが、そういう時にこの店を選んで下さったんだと嬉しくなる。こんな事を繰り返し、大好きな常連さんが増えていった。勿論、今でも沢山の方々と連絡を取り合っている。

・3年目

だいぶ常連さんも増え、地域にも馴染みだした頃だ。面倒くさくない店になってきたなと感じられるようになった。ここにくる途中は理想を手放したが結果的に理想が現実になってきた。お客様もこのお店に安心してくれているようだ。相互に信頼関係が出来てきた。

こうなってくると今度は私たちがしたい事が出来るようになっていく。今日はこれがありますよ!こんな事やりたいんですけど、今度日本酒好きな方と来てくれませんか?こんな私の要望にいいね!と乗ってきてくれる常連さんたち。

勿論、常連さんたちからの要望も出来る限り叶えられるよう向き合った。食材の持ち込み、貸し切りのパーティー、お客様がカウンターの中に立つ時もあった。書きながら楽しい思い出が蘇ってくる。

やっと独立して良かったと思えるようになった。

最初の1年は売り上げもなかなか上がらなかったり、途中シェフが辞めたり、あと税金が高くて(前年の収入が高い為)お金が残らず、打ちひしがれる夜もあった。月の売り上げから諸経費を引いて残ったお金が自営業者のお給料になるのだが、そこから政府はいとも簡単に税金としてお金を取っていく!都民税が引かれる月は本当にキツかった。

家族からお店はどう?ってメールがあったりして、まぁまぁかな〜とか適当に返信するんだけど、本当は凄く辛くて。でも辛いと認めたらみじめになるのが分かるから、心はそれを焼却処理する。ベッドで天井見つめてたら勝手に涙だけが出てくる、そんな夜もあったなと今だから笑える話。お店を辞めるまで誰にも言えなかった話だ。


ここまで読んで下さって有り難うございます。書くのに凄く時間がかかりました。何度も足したり引いたり、結局まとまりのない文章になってしまいましたが伝わると嬉しいです。

次回は「円満」をテーマに書きたいと思います。これはお店の名前でした。


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