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ダリア

「いらっしゃいませ」
「ダリアの花束作ってくださる?」
店のドアベルを軽やかに鳴らしながら入ってきた彼女は
妖麗の熟女という言葉がぴったりの女性だった
「ハイ、喜んで」
この店を任されてもう20年
いろんなお客のあしらいは慣れている
朝から晩まで花と水とトゲに戦ってきた
がむしゃらに働いてきた分
お客さんがどのような花束を望んで
どんな風に届けたいのか
瞬時に分かると自負してる

「ダリアですか、実は秋口のダリアは密かな人気なんです。情熱的で優雅な女性が好む花ですからね」

今まではそんな唇が上ずるような話が苦手だった
学校を卒業して何も分からぬまま務めたフラワーショップ
ほんの腰掛けで辞めるつもりだった
恋人のために贈る花束をいくら作っても、もらう喜びを味わうことなどなかった

でも、今は違う
あなたがいる
私はそこで初めて女性としての喜びも、嫉妬も、哀しみもあなたのおかげでで分かるようになった
こうと思うと頑固だった
ほかの女性の影があったことも感じている
それでも、少し戸惑いがちな彼の部屋に転がり込み
朝起きてくる前の洗濯から料理を私の仕事としたのだ

「そうねえ、少し渋めの男性が持ってもいいような花束にしてくれるかしら」
「かしこまりました。他に何かと合わせますか?」
「いや、ダリアだけでいいわ、一番あの人らしいから」

彼女の落ち着いた声はゾクゾクするほど艶かしかった
血の滴るような真っ赤な花びら、
熟れて今にも実が落ちてしまいそうな
パッションオレンジ
優雅さと狂気を混ぜ合わせたような紫
花を重ねれば重ねるほど
彼女の妖艶さが花に乗り移っている

「お客様のような素敵な女性に贈られたら男性はもうたまらないでしょうね」
「そうかしら、そうでもないのよ。すぐに新しもの好きで、こうしてサプライズを用意してあげないと、あっちこっち余所見するから。」
「殿方はそういうものですか。実にもったいない・・・」

こんな綺麗な彼女でも意中の人を捉え続けるためにこうして努力を重ねているのだ
私は今日帰ってきたらあの人に何をしてあげよう
そんな風に思い描くことが出来る日々がこんなに幸せなんて
いつしか私の思いまでもがこの花束に込められていく
それがサービスの極みなのかもしれないと自分のつくる作品に酔いしれていった

「ハイ、お待たせしました。このような感じでいかがでしょうか」
私はそう言うと
渾身の力で作り上げた艶やかなダリアの花束を目の前に差し出した

すると彼女は少し力のこもった手で
私に花束を押し返し真っ直ぐ私の目を見返した

「もうひとつのダリアの花言葉をご存知?
それは「移り気」とも言うの。」

と、微笑みながら、有無も言わさぬ気迫で私の頬に顔を近づけ耳元で静かに呟いたのだ

「どうぞ、このままあなたを待っている彼に渡して頂戴。誰からかはすぐに分かると思うから」

そのまま置き去りにされたダリアの花束
後はピンヒールの去りゆく音だけが
いつまでもコツコツと耳に残った

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