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地域の中で心理支援を受け始めたお話

 10月中旬のある日、自治体の精神保健センターの中にある相談室を一人で訪れました。心理的な支援を受けるためです。
 心理的な支援を受けることとなったきっかけは、実家の家族と私との間で起きた小さなトラブルでした。本当に思い返せば返すほど些細な出来事です。しかし、その出来事により私の心は激しくかき乱されてしまい、これまででかろうじてせき止めていた感情がついに限界水位を超えて、派手に決壊してしまったのでした。

 そのトラブルの前日まで母と安産祈願についてどうするかを電話で相談していたのですが、お義母さんが喪中だったため、喪が明けてからお参りをすることとなり、時期が近づいてから私が実家に連絡をすることになっていました。しかし、父と兄がなぜか先走り、喪中でも参拝ができる仏閣を調べ、そのことを私に伝えるために電話をしてきていたのですが、腹痛のためそのタイミングで電話を取ることができなかったのです。約30分後に折り返すと、電話に出なかったことに機嫌を害した父と兄に、一方的に苦情と不満をぶつけられたのでした。
 父からは「電話にすぐ出ないなんて実家をなめている、馬鹿にしている」「兄がお前のためせっかくいろいろ調べてくれたのに、兄の立場がないじゃないか」と。兄はその背後で「父の言う通りだ。俺の立場がないじゃないか」と興奮してどこか楽しそうにはやし立てていました。声が大きいので全部聞こえていました。
 タイミングが悪く電話に出ることができず、機嫌を害してしまったことはこちらに落ち度があるかもしれないと思い、そのことについては謝ったのですが、そこから話が一向に進みませんでした。
 父と兄の様子に気づいた母が慌てて電話を代わり、「お母さんが昨日までの話をちきんと伝えられてなかったからお母さんが悪いの、ごめんね」「お兄ちゃんも良かれと思ってあんたのためにいろいろ調べてくれていたんよ」と、申し訳なさそうに謝ってくれたのですが私の中にも次第に怒りの感情がわいてきたのでした。
 帰省するたびに父からは兄の愚痴を聞かされ、兄からは両親の愚痴を聞かされていました。一緒に暮らしている者同士、多少は不満もでてくるものだとこれまで聞き役に回っていたことを、父と兄に責め立てられていた時に思い出していました。兄からは実家から出たいと、愚痴に近い相談を受けたこともあり、友人の協力を得て職場や住む場所を調べて教えてあげたこともありました。父と兄に罵られながら、「なぜ私がこんな損な役回りをしているのだろう」と思い、次第に言葉が出てこなくなりました。
 私が困っている様子が楽しいのか、なぜか嬉しそうに笑っている兄の声が聞こえました。
「何がお前のためにだ…恩着せがましい。」とさらに怒りの感情が強くなりました。
 もう何を言っても無駄だと思い、腹痛で電話に出られなかったことも伝えませんでした。それに、私が言い返すことでさらに2人が気分を害し、一緒に暮らす母に怒りの矛先が向くかも知れないと思うと、何も言えませんでした。特に兄は過去に機嫌を悪くした時に母に手をあげることが度々あったので、余計にです。

 電話が一方的に切られたあと、やるせない気持ちと、今後こんなに建設的な話ができない実家とどのように付き合っていけばいいのだろうかという不安だけが強く残りました。得に兄は事あるごとに「だって俺病気(精神疾患)やけん」と平気で開き直ります。この電話の時も、父の背後で「俺、病気やけん、はははははははははは」と笑っていたのです。


 「お腹の子と、旦那を、実家の兄から守らなくてはいけない。」


 「でも、どうやって守っていけばいいのだろう。」


 静かになった部屋で、一人で声を上げて泣きました。
 家族とは縁を切ることができないという日本の法律を腹の底から恨みました。

 因縁がましい電話から数時間経っても、私は自分の気持ちを落ち着けることができませんでした。それでも、この日は旦那さんの誕生日をお祝いする予定の日だったので、なんとか重い腰を上げてキッチンに立ったのでした。
 旦那さんが帰ってくるまでにはこわばった顔とに涙を引かせないといけない。そう思えば思うほど、この日の電話のことや昔のことを思い出してしまい、涙はなかなか止まってくれませんでした。
 結局旦那さんが帰ってくるまでに冷静さを取り戻すことができませんでした。

「何かあったの?」
私の異変に気付いた旦那さんが声をかけてくれました。キッチンでいつも通り料理をしているつもりだったのですが、付き合いの長い旦那さんにはすぐに悟られてしました。
 私は、実家からの電話のことをすべて話しました。
 仕事から疲れて帰ってきたところなのに、旦那さんは私の話を一切遮ることなく最後まで聞いてくれたのでした。

 その夜は眠れず、これから自分がどうすればいいのかをひたすら考えていました。私は自分の気持ちをまず安定させるために、心療内科か精神科にかかることを検討し始めました。ただ、病院にかかるにしても、心身症が顕著に出ているわけではありません。病院にかかれば何かしらの処方や治療を受けることになるので、私の実態には合ってないように感じました。

「気持ちを吐き出せて、今後の具体的なアドバイスをもらえる場所はないだろうか…」

と調べてみるものの、なかなかここだと思える場所を見つけることができませんでした。

 翌日、とりあえず最寄りの心療内科に電話をかけてみることにしました。
 そのことを念のために旦那さんに報告すると
「本当は、俺が一番話を聞いてあげないといけないのにね…。」
と言ってくれたのです。そんなふうに思ってくれるだけでも十分に思えたし、彼と自分にご縁があったことを、心の中でいるかいないかよくわからない神様にひたすら感謝するばかりでした。

 旦那さんを仕事に見送り、病院が開く時間になってから最寄りのクリニックに電話をかけました。

「すみません、初診の方を受け付けてなくて…。」

と、思ったよりあっさり断られてしまいました。仕方なく目星をつけていたもう1つのクリニックに電話をしてみました。

「申し訳ありませんが、初診は来年の4月以降となります……」

急ぎのようであれば、他の病院へ…と言われ、落胆しました。
 電話を切りながら、教員になって3年目のことを思い出していました。当時担当していた子が精神的な不調をきたし、医療機関にかかることになったのですが、「先生、なかなかすぐに診てくれる病院が見つからなくて…」と母親が困っていたのです。
 自分もわかったつもりではいたのです。そんな簡単に見つかるわけがないと。
 ですが、病院に電話をかけるのにもかなり勇気が必要でした。当時のその母親も同じように勇気を振り絞りながら電話をかけたのだろうかと思うと、胸が痛くなりました。
 その後も目星をつけていた病院に電話をし、断られ、また違う病院に電話をし、断られ…を何度か繰り返しました。電話しても振り出しに戻るばかりです。

「どうしよう…どうしよう…。何も現状を変えられない。」

次第に焦りが生まれてきました。
 悪阻がある中、市外まで行く気力と体力はありませんでした。
 ふと、ある考えが浮かびました。


「学校にSC(スクールカウンセラー)やSSW(スクールソーシャルワーカー)など相談できる人がいるように、県や市町村単位で住民の相談を聞いてくれる場所はないのだろうか…」

 すぐにパソコンで市のホームページを開きました。

「………。あった。」

 そこは、母子手帳をもらった精神保健センターでした。そこでは月に2回、公認心理師が地域住民の悩みや困りごと、家族の相談を聞いてくれる相談室を設けていたのです。
 藁にもすがる思いで、その相談室の窓口に電話をかけました。

「直近でしたら、2週間後のこの日が空いています。時間は午後1時からでしたら空いています。いかがですか?」

と、ありがたいことに2週間後に予約を取ることができました。
 相談内容を簡単に教えて欲しいと言われ、どう簡単に説明しようかと困惑しながらも、可能な限り簡潔に実家のこと、兄のこと、今後の関わりに不安があり助言をもらったり、適切な機関を教えてもらったりしたいことを伝えました。

「そうだったのですね、大変でしたね。今妊娠もされているし、余計に先のことが不安ですよね。」

 労いの言葉をかけられた瞬間、感情が揺さぶられてしまい

「対応をありがとうございます。どこの病院も断られるばかりでしたので…。本当に助かります。すみません。」

とお礼を伝える言葉の最後のほうが涙声になってしました。

「すみませんだなんて、そんなふうに思わなくていいんですよ。2週間後、お待ちしていますから。」

 電話を切った後、前日とは対照的な明るい気持ちになっていることに気づきました。
 昔、まだ地元で高校生活を送っている頃、家族のことで自治体が介入した時に自治体の対応で痛い目にあったことがあったので、正直今回も不安がありました。しかし、電話に対応してくださったスタッフの方の温かい対応もあり安心することができました。

「少しでも前進したはずだ。」

と心の中の風通しがかなり良くなった気がしました。

 私の住む地域は、メンタル系の病院やクリニックは予約が詰まっていて、初診に漕ぎつくことができるのは半年から1年後なんてよく聞く話です。
 私はたまたま自治体が行っているサポートを見つけて、しかも無償で話を聞いてもらうことができました。話を聞いてもらったあと、私に適切だと判断された女性の先生を紹介してもらい、今はその先生のもとに通っています。自治体から紹介を受けた先生なので、初回から3回までは無償でカウンセリングを受けることができたのも驚きでした。(4回目からは料金が発生するそうです。)

 私のように、自治体のサポートを見つけられなかった人は、病院にかかれる日を気長に待つしかありません。あるいは、待てずに病院にかかることを諦めてしまう人もいるかもしれません。

 原家族のことで悩んでいる人は、同居していれば毎日顔を合わせなくてはいけないし、病院にかかるまで精神的な負担がかかり続けることになります。
 もし、この記事を読んでくださった方の中に、困りの渦中にいらっしゃる方がいれば、ぜひお住いの地域のサービスを受けることを検討してみて欲しいと思います。ひょっとすると、すでに頼ってみたものの、残念ながら事態が改善しなかったという人もいらっしゃるかもしれませんが…。

 私は、自分のように家族の問題に苦しんでいる人を、支えたりサポートしたりできる側の人間になりたいと強く思うようになりました。
 公認心理師の資格しか持っていませんが、出産を終えて育児が落ち着いたら開業し、家族問題や教育相談(現職が教育関係なので)に特化したカウンセリングができたら…と目論んでいます。現在は開業や心理系の本を読んだり、FPの勉強をしたりしている最中です。

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