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【小説レビュー】『東京都同情塔』九段理江

意外にも、私にはちょっとこの小説は合わなかった。

芥川賞発表時に、史上初のAIを使った小説の受賞とやたら話題になったこの作品。個人的には、AIを使って小説を書く事には反対していないし嫌悪感もない。これからも小説に限らず、AIの使用は増えていくと思っていることはその時のnoteに書いた。個人的にはまだAIに小説を書かせようとした事はないが、その趨勢は受け入れている。なのでこれは、AIに小説を書かせる事がズルだと決めつけて骨髄反射で批判しているわけでは、決してない。
この本は、全体の5パーセントほどで生成AIの文章をそのまま使用しているという。そのまま使用したのが5パーセントなので、少し手直しした文も含めると割合はもう少し増えるだろう。ただ、いずれにしてもそんなに多くないと思っていたが、読んでみると思いのほか生成AI独特の退屈な文の割合が多いと感じて、結構ストレスだった。少なくとも20分の1が無味乾燥な文章なのだ。
作中に出てくるチャットAIが話す文が退屈なのはまだわかる(それも思ったより長ったらしいのだけど)。でも、作中の本や雑誌の文がいわゆる作中作として登場するのだけど、その文章もまるで生成したような退屈な文章で、小説を読むという体験からどんどん離れていくような感覚だった。全然興味のない本や雑誌を読まされているような気分だ。

もちろん、それは意図を持って書かれているのだろう。例えば作中に出てくるAI-buildというチャットAIは「文盲」と主人公に批判される。チャットAIが吐き出す無味乾燥な文章は、ちゃんと作中で無味乾燥であることを批判されている。意図は理解できるし、正しい。でも、そのために自分もこんなにたくさん退屈な文章を読まされる事への不満だ。
「作中作」で語られる内容は重要で、決して読み飛ばしてはいけない内容だ。それを、作中作にする効果も感じている。それを理解した上で、退屈な文章を読まされるストレスは変わらない。
私が小説に求めるものの第一が魅力的な文体であることが、このストレスを生んでいるのだろう。

そしてAIが生成した退屈な文章以上に、作者が書いている文章が自分に合っていない感覚があった。これは好みの問題なので、作者が悪いわけでも私が無理解な訳でもない。こういう感覚的な不一致は、ほんの数行読んだだけでわかる。冒頭は主人公がぐるぐると考え事をしている描写で、そのせいでわかりにくいのかな?とも思ったけど、ページが進んでもあまり変わらなかった。
作者の言葉に対する強い拘りは感じる。それが評価されている事もわかる。たまたま私と一致していないだけだ。主人公が言葉に対してこれだけ拘ってしまうことを理解できるのに、その拘りは一致していない。風景や状況の描写がするすると頭に入ってこない感覚がある。
それを象徴的に感じたのが、タイトルにもなった『東京都同情塔』という言葉だ。私は何となく、読む前からあまり良い名前だと感じていなかった。作中でこの東京都同情塔というネーミングは意味を持って現れ、たびたび誉められるのだけど、私はやっぱり良い名前だと感じなかった。

この本の中では主に、著名な建築家の女性と、貧乏で学もないが顔の良い若い男性が、語り部となる。建築家の女性は知識も経験もあり、社会的地位も高く、アーティスティックな部分もあり、彼女の言葉選びには納得できる。でも、学のない若い男がこんな風に語るだろうかと、その男性視点の文に違和感を覚えた。彼が語る地の文が、建築家の女性が語っている部分とほとんど差を感じなかった。もちろんその二人に何らかの感性の一致があって仲が深まったのだろうから、共通項があるのは良い。でも納得できる理由が示されず、語り口が一致しすぎてるように感じた。

何となく、小さな疑問は部分部分にあった。建築家の女性は東京都同情塔が建った後に、のんびりしている風でもないけど何をしているのだろう?とか。外国人ジャーナリストが「デスノートの一ページ目」なんて比喩を使うだろうか?とか。御苑に隣接する場所に大きな塔を立てて、そこにある植物の日当たりは確保されるのだろうか?とか。自由さが売りの刑務所の中で全員が同じ時間に眠ることを強要されるのだろうか?とか。

でも、この作品が芥川賞を受賞するに値する事は、私にもわかる。
この本は、言葉に拘って書かれていると感じる。作中作から地の文への繋がりなど、構造的な巧さも感じる。内容も、SNSで顔の見えない者同士が傷つけ合ったり、そのくせ言葉狩りのように不寛容な社会を窮屈に感じたり、誰一人として傷つけないような平等さを不自然に求められたり、そういった多くの人が感じている現代の問題を小説の中に入れ込むだけでなく、作者なりの答えをちゃんと提示してある。作中で耳障りの良い理想を語る人間が、いざという時に不寛容さをむき出しにしたりする。高い技術と小説らしい拘りで、社会に意義深い主張がなされている。

ただ、私が小説に求めるものが違っただけだ。

『東京都同情塔』 2.0

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