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【小説レビュー】『野獣死すべし』大藪春彦

小説の醍醐味は文体だと思う。筆者の言葉選びやリズムのようなもの。まだその本に書かれている事がほとんどかわからない最初のページでも、その文体はもう味わえる。直感的に、この小説は面白そうだとか読まなくていいやとか、判断できる。それは書かれている内容ではなく、文体から感じ取っているのだと思う。まだ、ほとんど話したこともない人を、見た目だけで好きか嫌いか決めているように。

物語を表現するなら映画やドラマ、漫画もある。それでも私が小説を読むのは、そこに書いてある物語を楽しんでいるのと同じくらい、その文体を楽しんでいるからだろう。これが実用書を読む時は、そこに書いてある情報を飲み込みやすいようになるべく個性のない文体を求めるから、同じ「読書」でも全く違う。小説を読むという娯楽にしかない楽しみは、やはり文体だろう。

大藪春彦の『野獣死すべし』の文体は超個性的だった。最初のページを読んだだけで、でろんでろんに酔っ払ってしまいそうなくらい匂いがキツい。これはいい!と読んだ瞬間好きになった。まだ物語が始まってないのに、王道のハードボイルド小説だと理解できる。こういう独特の文体を楽しむというのが、小説を読むという事なのだ。読みやすい文ばかり読むのではなく、こういう適度にクセのある文を読むのはきっと体にいいはずだ。たまには冷水で顔を洗うように。

さて、小説の内容自体は主人公、伊達邦彦がひたすら犯罪をくり返していくものだった。幼少期の凄惨な体験から壊れてしまった人間の破壊衝動を、エンターテイメントとして楽しめるかどうかがこの小説を好きになるかどうかの分かれ道だ。伊達邦彦は、自分の目的のためなら通りすがりの何の罪もない人間を手にかけるダークヒーローで、真っ直ぐに憧れながら彼を見つめることはできない。しかし目的に向かって自分を追い込むストイックさやどんな敵にも怯まない度胸やクレバーさはハードボイルド小説の主人公にふさわしい。ハードボイルド小説好きとしては、日本のハードボイルド小説の先駆者の代表作というのも納得の読み応えで、大変満足だった。

そんなとことん冷酷な彼が、ほんの少しだけ感情を取り戻す瞬間がある。私はそのシーンがこの本の中で一番印象的だった。とても短いシーンだったが泣けた。

古い小説を読んでいると、現代とは全く違う社会を垣間見れる。街中に防犯カメラもないし、データが電子管理されてないので簡単にちょろまかされるし、習慣や価値観も数十年で変わったんだなと思う。そして今の小説ならこんな構成は許されないのだろうなという自由さも面白い。正直、12ページから31ページの回想は唐突で、しかも長くて、他人にこの本を勧めるときは、最悪ここは読み飛ばしても構わないから続きを読んでと言いたくなる。諦めずに続きを読めば、またカッコいいハードボイルド小説になるからねと教えておきたい。

『野獣死すべし』大藪春彦 3.0

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