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【短編】頬を染めるアルバイトの話

ノベプラからの転載です。「冬の5題マラソン」参加作品。

 私はたまに、変わったアルバイトをすることがある。

「それでは本日のアルバイトの方々、よろしくお願いします」

 少し冷えた室内に集まった私たちは、部屋に入ってきた老人に挨拶を交わした。
 老人といっても、赤いスーツ姿の上品だが自信たっぷりなおばあさんだ。人を見た目で判断してはいけないと言いつつも、かなりのやり手であるという印象を受けてしまう。
 ここに集まっているのは十代後半から、だいたい三十代前半くらいまでの若い女性ばかり。私も含めてみんなアルバイトにやってきた人達だ。私もお小遣い稼ぎ程度にここに来ることがある。

「それでは、注意事項です」

 募集されるのは若い女性。
 年齢制限があり、下は十代後半でも構わないが、上は三十代くらいまでと決まっている。
 加えてここでのバイトは化粧は厳禁な上に外に出ないといけないので、割と頓着しない人が集まっている。
 ただし、その問題は終われば解決するし、化粧品会社のバイトなので、若い子はカワイイ子が多い印象だ。逆に、化粧をもっと良くしたいという人が入ってくることもある。冬だとマスクもするのですっぴんでもやりやすいのだ。

「マスクなどはしていて構いません。ただし、頬まですべて隠れてしまうタイプはやめてくださいね。自分のしているのが駄目かどうかわからなければ聞いてください。必要であればご用意しますので」

 ここで行われているのは化粧品サンプルのバイトだ。
 近年、そこそこ名の売れてきた化粧品ブランド「Clock Witch」のアルバイト。
 最近あまりに売れていたので流行に乗った韓国コスメか何かかと思っていたが、どうやら会社は半分イギリス系らしい。
 気温差や体調などですぐ頬が赤くなってしまったり、青白くなってしまう人にも朗報、というのが売りで、終わった後には化粧の指導までやってくれる。

「それでは、一人ずつ時間通りに戻ってきてくださいね」

 この「気温差や体調などですぐ頬が赤くなる」状態を作るために、アルバイトは一旦外に出て、冬の風にあたって顔を赤くしないといけない。
 そうして一人ずつ時間通りに戻ってくると、別室に通されてあれこれと顔の状態を調査されるのだ。

「ちょっとお目目閉じててねぇ」

 すっかり冷たくなった顔を、刷毛だかブラシだかよくわからないものでコショコショとやられるのはくすぐったい。
 そうしてようやく鏡を持ってこられたそのときにはすっかりと頬の赤みも消えてしまっているので、安心して鏡を見られるというわけだ。
 そこまでしてようやく、化粧の指導が始まる。
 指導してくれるのは全員がまあお婆さんばかりなのだが、これが的確なのだ。

「あなたはそうね~。うちで出してるシリーズに『真昼の魔女』ってのがあるんだけど、それのこの色がオススメね」とか。
「あなたは『夜の星(ステラ)』シリーズのこの3番の色が合ってるわね」とか。

 これがまた、意外どころか普通に好評なのである。これ目当てにやってくる人もいる。

「もしうちのシリーズじゃなかったら、そうねぇ。この色に近いのは……」

 などと、他の化粧品会社のオススメまでちゃんと教えてくれるので、最近はだいぶありがたがられているらしい。
 あまり化粧に頓着しない私としてはいいお金稼ぎくらいに思っていたが、そのありがたみのせいか最近はだいぶ十代の子も増えてきた。化粧勉強中です、というような子もたまに居たりする。高校を出るまで化粧なんかしたことなかった、という子にもあれこれ教えてくれるからだ。

 これはうかうかしていると、バイト枠に入れなくなってくるかもしれない。
 これがまあ、変わった化粧品会社の、変わったバイトの話なのである――。

「いやはや、今年もだいぶ集まったね」

 三人の老婆は赤い液体の入った小瓶を見ながら言った。

「まったく。『冬の寒さに赤らんだ頬の色』なんて、ずいぶん厄介な素材だこと」
「いいじゃないの、昔に比べたら。アタシたち『時の魔女』には必需品よ」

 老婆の一人がコンパクトを開けて化粧をする。

「アタシたちの若さを保つにはね!」

 赤いスーツの老婆が振り返った時には、既にその顔は二十代くらいの若い女になっていた。

「それに、化粧の指導までやってるんだから、むしろ感謝してもらいたいわね」
「まあね。それに副作用で出来た普通の化粧品も人気が出てきたし。昔に比べればマシなものよ。何か勘違いした小娘がそのまま頬を切り取ろうとして事件寸前になったことを思えばね」
「うるさいね、いつまでも昔のことをチクチクと。あれは直前になって相手が真っ青になって失敗したのよ」
「だけど危なかったじゃない! 『時の魔女』が途絶えたらどうするつもりだったのよ。そろそろ後釜を見つけて引退したら?」
「ほらほら、ギスギスしないの。もうすぐ新作も発表するんだから」
「まったく、これじゃ『時の魔女』なのか『化粧の魔女』なのかわかりゃしないわね」

 残りの老婆二人もそれぞれコンパクトを開けて化粧をした。小さなパフが肌に乗ると、しわしわになった頬が一気に張りを取り戻していった。
 僅かに赤みがかったその頬は、若い林檎のように熟れていた。

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