見出し画像

④高校へ進学!が、都落ちで凹み、いよいよ精神を病む。

昭和54年(1979)4月、高校は山梨県上野原にある日大明誠高校へ入学。
八王子在住の他の生徒と同じく都内の学校へ憧れていたので、かなり凹むw.
ただ、今考えると勉強大嫌いで成績も下の方だったので付属高校へ行ってなかったら、うつ病発症中に大学受験はかなり厳しかったと思う。

高校では中学校時代からの趣味のギターをやりたくて音楽部へ入部。ただ体育会系部活と違いかなり緩いクラブ活動だった。
高1の夏休み、友人と一緒に初めてアルバイトをした。高校生なので軽作業だったが倉庫内にエアコンがなく、毎日汗びっしょりだったのをよく覚えている。
夏休みも終わり2学期が始まったころ、身体が怠くやる気が起きないような気がしたが、きっと夏の疲れが出たのだろうと気にしていなかった。
9月の終わりごろ高校で学園祭が催され、終了し片付けが全て終わったら音楽部一同、顧問の先生の地元の吉祥寺の飲み屋(注1)で打ち上げパーティーを行うことになった。高校1年生の僕はもちろんお酒など飲んだことがなく、もし酔っぱらって気分が悪くなり吐いたらどうしようと不安になり、行く前から気持ち悪くなりパニック発作が起きてしまった。

小学校の遠足で体験したパニック発作が尾を引いていて「吐く」ことに異常に恐怖心を抱いており、今でも「吐く」夢をみてうなされることがある。

注1)もう時効だと思うので….当時大学生はもちろんのこと、高校生でも酒席に参加することは暗黙の了解で、教師も黙認していた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?