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【6/23発刊】「帯電体質の解決法」【電子書籍「3分間のまどろみカプセルストーリー」(Gakken)より掲載】(3290字)

こちらはタイトルのとおり、6/23に各電子書籍サイトから配信が始まりました「3分間のまどろみ カプセルストーリー 青・緑」(Gakken)の青に集録されておりますショートショートです。
ショートショート大賞、坊っちゃん文学賞の受賞者で構成されたアンソロジーで、各大賞の審査委員長でもあるショートショート作家、田丸雅智さん監修で発刊されました。

わたしのお話を全文掲載いたしますので、興味を持っていただければ、ぜひダウンロードしてみてください!


 ――パチッ!
 またか。
 もうすっかり聞き慣れてしまった嫌な音と指先への刺激に、男は眉間へしわを寄せた。巻き込まれた友人は反射で引っ込めた手を戻しつつ、男に向けてプラプラと振ってみせる。
「あいかわらず百発百中だなー」
 あはは、と友人はおかしそうに笑うが、男にとってはまったく笑いごとなどではなかった。
 ドアノブへ手を伸ばせば、パチッ。
 ものを手渡そうとすれば、パチッ。
 手すりをつかめば、ゆびきりをすれば、手をつなごうとすれば――パチッ、パチッ、パチッ。
 男の人生は、このパチッという悪魔のハイタッチに、ことごとくを阻まれてきた。
 この体質がいつから始まったのかは男にもわからない。気がついたときにはすでにこうだった。なにをしようにも静電気に邪魔をされ、勉強も人間関係もまったくうまくいかなかった。
 痛みなんかはとうの昔から感じないが、それが対人の場合、相手はそうはいかない。数回なら気にしない人でも、毎度となると自然と男から離れていった。それに男自身、痛くなくとも驚きはするし、むしろ、痛くないぶん不快さは高まる一方だった。
「ついさっきまで、むちゃくちゃポジティブだったのになー」
 静電気にすっかり気力を弾き飛ばされてうなだれる男の前で、友人は事もなげにメンマをつまむ。
 友人の言うとおり、男はほんの30分前まで快活そのものだった。
 ずっと公開を待っていた映画の公開日で、席も上々、作品の出来も最高だった。気分の高揚とともに、いろんな意欲もムクムクとわいてきていた。
 これはまっすぐ帰るには惜しい、と近くのラーメン屋へ友人を誘い、その店のドアへ手を伸ばしたとき、男の思考は崖下へ転がり落ちることとなったのである。
「俺なんて、一生このままなんだ……」
「まぁまぁ。いっそゴム手袋するとか?」
「ゴムアレルギーなんだ……」
「そりゃだめだ」
 観葉植物に触る。服の素材を綿にする。保湿する。
 友人はどこかで聞いたらしい静電気対策を次々に提案したが、地の底で這いつくばう男は、それをひとつずつ受け取っては、ひとつずつ退けた。それでも特に気分を害したふうもなく、男の人間関係のなかで唯一の例外といえるこの友人は、「じゃあだめだなぁ」とチャーシューをかじっていた。友人には悪いが、対策なんて無駄なことだと、男はすっかり諦観していた。
 そのとき、ふいに「静電気」という単語が男の耳に届いた。いま一番聞きたくないその言葉は、ラーメン屋の小さなテレビからだった。
 どうやら、子ども向けの科学実験の番組が放送されているらしい。博士らしい白衣の男性が、筒のようなものを布で擦っている。
「おまえの身体も、あんな感じなのかな」
 男と同様にテレビを見上げていた友人が、なにげなく言う。その一言に、男はハッと目を見張った。友人の言葉とテレビの中の映像が重なって溶け込んで、頭の中でひとつの塊になる。
 男は弾かれるように身体を起こした。友人に先に帰ると告げ、ラーメン屋を転がり出る。
 先ほどまで全身にまとっていたネガティブなオーラはすっかりなりを潜め、頭の中は、思い至ったばかりの仮説でいっぱいだった。
 忌々しい現象である、静電気。それは、つまるところ電気だ。
 プラスとマイナスが作用している。
 ひょっとしたら、それが「思考」に基づく可能性だって、あるんじゃないか。
 身体の中で起きるのだ。心の中でも起きていたっておかしくはない。
 それならば、自分が他の誰よりも頻繁に静電気を起こすのも、納得のいくことだった。
 常に自分の心の中でマイナス思考とプラス思考が擦れ合うからこそ、こんなにも静電気が起きている。そう考えれば、すべての辻褄が合った。
 思い起こせば小学生のころ、初めて手をつなごうとした女の子とのあいだに静電気が走ったときも、心の中は浮かれる気持ちと不安な気持ちがいったりきたりしていた。そうだ、雷。あれだって、地球上の人間のマイナス思考とプラス思考が擦れて起きた静電気が、寄り集まった結果なんじゃないか?
――これだ。間違いない……!
 そうとわかれば、やることはひとつだった。内なるすべてのマイナス思考を霧散させ、完全なるプラス思考人間となるのである。
 摩擦を免れるためにプラス思考とマイナス思考どちらか一方になるなら、プラス思考になるのが健全だろう。ふだんから静電気がまったく起きないの友人もカラっとしたプラス思考であることから、信頼性もある。

 かくして、男の鍛錬はスタートを切った。影響を受けないよう、友人には鍛錬のためにしばらく連絡がとれないことを要旨とともに伝え、その後、一切の連絡をった。
 それからは、インターネットや図書館の蔵書など、さまざまなものに目を通した。そうして、そこに載っている方法に、片っ端からチャレンジを試みた。
 なかには、男にとってどうにも合わないものもあり、自己啓発系の本やセミナーなど、タイトルを見ただけで、男の体内のマイナス思考値を爆上げしてしまうものもあった。そうした合わない方法は固執せずにひとまず回避し、男が感触よく感じた、より実践的な方法を選んでいった。
 思考の基礎を作るのもまた身体であるから、基本的な生活を見直し、睡眠もたっぷりととった。
 趣味だった映画を以前よりも幅広く観たり、感想をまとめるノートを作ってみたりもした。好きだと思うもの、いいと思うことに多く触れるよう心がけ、また、一度始めたことであっても、自分の心がNOといえばすぐに打ち切った。
 森に行き、滝に行き、海にも行った。低めの山にも登ってみた。
 そうして男がさまざまな取り組みに向き合っている数ヶ月。男の友人は、ずっと男と連絡をとることを試みていた。というのも、男が天啓を得たように思い至ったことには、ちょっとした思い違いがあったからである。けれど、最初の断りどおり一切の連絡を絶ってしまった男は、どうにもこうにも一向に捕まらなかった。

 それからしばらく。ようやく友人が男を見つけたのは、さらにまたひと月ほどが経過してからのことだった。
 友人が「ずっと連絡してたんだぞ」と告げると、男は申し訳なさそうに笑った。
「ごめん、タイにいたんだ」
「は、タイ!? 俺も誘えよ! じゃなくて、俺、おまえに伝えなきゃいけないことがあったんだよ!」
「伝えなきゃいけないこと?」
 友人は忍びない気持ちになりながらも、意を決して口を開いた。
「ショックかもだけど、おまえがこの数ヶ月やってたこと、逆効果かもしれないんだ」
 静電気は男が考えたように、プラスとマイナスの電荷が擦れて起きるわけではない。擦れるのは、あくまでも物体同士である。その摩擦によってお互いの持つ電荷が移動し、プラスとマイナスのバランスが崩れるために起きるのだ。
 すなわち、偏りこそが静電気のもとになる。
 それは思考であっても同じはずで、つまり、偏りを助長させる男の鍛錬は、男の帯電体質を悪化させたかもしれなかった。
「そうだ、お土産あるんだよ」
 どう伝えるべきか言葉を選んでいる友人の気持ちを知る由もなく、男はごそごそとリュックを漁り、派手な象の柄のワイドパンツを取り出した。笑顔で差し出されるそれに、とりあえず、と友人が手を伸ばした、その瞬間だった。
――バチッ
 破裂音に似た小さな音が、ふたりの手のあいだで弾ける。
 とっさに手を引っ込めてしまってからおずおず様子をうかがうと、ぱちりと男と目が合った。
「象柄、気に入らなかった?」
「……へ?」
 それならこっちの柄もある、と別のパンツをかばんから引き出す男を、友人は呆然と見つめる。何柄かわからないパンツを友人の手に載せた男は、「なんか5枚も買うことになっちゃったけど、かえってよかったな」と呑気に笑った。
「それじゃあ」
 そう言って男がキャリーバッグに手を掛けたとき、またもパチッと静電気が走る。けれど男はなんの反応も見せず、そのまま去っていってしまった。
 鍛錬の甲斐あってすっかりプラス思考になった男には、あれほど憂鬱だった静電気のことなど、もはやまったくもって、欠片も気にならなくなっていたのであった。


(了)


お読みいただきありがとうございました!

こちらのお話が集録されているのが↓の青
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「カプセルストーリー(人喰い沼の水、全部抜く・夜の迷子ほか) (3分間のまどろみ)」


わたしのは入っていませんが、同時発刊の緑↓
(同上)

「カプセルストーリー(セミな~る・謎解き海岸・魔法の言葉ほか) (3分間のまどろみ)」


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