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『黄色い家』の感想覚え書き

川上未映子さんの『黄色い家』を読んだ。
買おうか迷っていたが、家にある『夏物語』を再読して最初に読んだ時とはまた違う感覚で面白かったから、やっぱりこの著者の新刊なら読みたいと思い買って読んだ。

電車の中、カフェ、家ととまらなくて一気に1日で読んだ。
読んだ後も、この話が作り話であることが信じられないというか、黄美子さんの事件について検索したくなってしまうというか(ニュース記事が出てくるわけないのに)本の世界から戻ってこられないくらいの感覚になった。なかなか寝られずに著者のインタビューを検索して読んだりしたが、やっぱり興奮がおさまらず寝てからも何度か目が覚めたしこの本にインスパイアされた夢まで見た。

ここからネタバレなので未読で知りたくない方は読まないでください。
この本を読もうか迷っている方は、著者のインタビューを読んでみるのおすすめです。
https://www.vogue.co.jp/lifestyle/article/mieko-kawakami-sisters-in-yellow-interview


私は終始、主人公の花ちゃんに共感しながら読んだ。花ちゃんはすごい。かなり絶望的な状況でも、自分のできることでこつこつやって大きな目標を達成しようとする。でも途中でいろんなことがおこってうまくいかなかったり(タンス貯金が盗まれたり、親のどうしようもない借金を返すのに貯めたお金をあてなきゃいけなかったり、親は貯金するために銀行口座を開いてあげるとかのサポートができないし子供に金の無心をしたりする)、そもそも犯罪というやり方で貯めたお金で店を開くということはできなかったり、自分を証明するものがないからまっとうなやり方ができなかったりと、常識的に考えたら「うまくいくわけがない」方法で頑張り続ける。
後半、花ちゃん率いるグループで行われる「アタック」はまるで犯罪というよりスポーツのようだ。この本で描かれる詐欺や犯罪(「シノギ」という言葉を私はこの本で初めて知った)のリアリティもすごい。
花ちゃんはなんでも一生懸命やるのに、一生懸命やること、やる場所がそもそも世間に認められるようなことではないから、どこにもいくことができない。そこが切なかった。

そして黄美子さん、蘭、桃子のそれぞれの個性というか、「頑張れないこと」「考えられないこと」「無理なこと」の描かれ方もなんだか切ない。社会のルールにうまくはまれないこと、そこをまた他人に利用されることの辛さ。

この著者のお金のないことの描写の現実感はすごいと思う。『夏物語』の窓がないことの描写もこんな書き方があるんだと記憶に残っている。お金がないこと、社会とのつながりがないこと、居場所がないこと、やることがないこと、自分に絶望していること、これには全部違う種類の悲しさがある。桃子のように、お金だけがあっても幸せにはなれない。お金はいろんなことの猶予にはなるけれど、居場所にはなれない。居場所は人にしか作れない。

最後の終わり方だけは私は救いがあるような気がした。映水さんが生きていてよかったし、黄美子さんとあえてよかった。花が電話で話すシーンは読み返したときも泣いた。花が真面目すぎて、そのまっすぐさはこれが花の良さであるなと思いながらも、少しずるさもあると思った。そんな花を受け入れる映水さんと黄美子さんは、花にとって大事な大人だったのだと思った。
この本に出てくる人たちは、みんな自分のせいではないどうしようもないことの中で生きていて辛いことばっかり起こるんだけど、その日常の中でも楽しいことがある。どんな状況でも「日常」があるんだよなと思って、その日常の描き方は楽しいし、出てくる人みんなどこかにチャーミングなところがあって、人が魅力的だからこの本は暗くない。

川上未映子さん、めちゃくちゃかっこいい。この人の他の本も読まねばと思った。


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