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「仕事で大切なことはすべて尼崎の小さな本屋で学んだ(川上徹也 著)」~人への愛と感謝を学ぶ

Clubhouseの人気Room「耳で読むビジネス書(耳ビジ★)」で特集した川上徹也さんの本書を読んで。

この本は大手出版取次店に就職し、大阪支社に配属された東京生まれ・東京育ちの新人社員・大森理香を主人公として描かれている。出版取次店とは、本の流通段階で出版社と書店を結ぶ大事な役割を果たしているが、各書店への本の配置などはこの取次店の采配で決まるため、出版界では非常に大きな存在である。この理香が仕事を通じて出会うのが尼崎にある小林書店の店主、由美子さんとの出会いを通じて成長していく姿を描いている。

私もかつて、20代の頃に出版関係の部署にいたことがあり、この「取次店」とのやり取りや、数少ないが書店周りを経験したことがあった。また、その直後に大阪に転勤になり、3年半を過ごした経験も重なり、所々感情移入して読ませてもらった。

相手の「ええところ」探しをする

元々何となく入った会社や職場での仕事に情熱が持てず、本好きでもないことことをコンプレックスに感じていた理香。それに対して由美子さんが教えてくれたことは「仕事も人と同じで、ゆっくり、ちょっとずつ好きになったらいい。まず相手のことを知る。そして、『ええところ』を探して好きになる。せっっかく縁あって入った会社、知り合った人々、好きにならないともったいない」ということ。

こうして「ええところ」探しを日課にするようになった理香の周りの景色が急に変わっていく。相手を知ること、相手の良いところを探していたら、何も知らない自分に色々な人が関わって教えてくれること、おまけに教えてもらっているのにお給料までもらえていることをとても「恵まれている」と思えるようになったのだ。最初は慣れずに「恐いところ」と思っていた大阪のこともだんだん好きになっていった。そして、苦手意識のあった本のことも知るにつれ・・・。

自分の弱みは一番の強みになる

理香は出版業界で働いているのに、元々読書量が少ないことをコンプレックスに感じていた。そんな理香に対し、由美子さんが教えてくれたのは「自分の弱みは一番の強みになる」ということ。「読書量が少ない=世の中の多数派である(本をあまり読まない)人の気持がわかる」ということでもある。これをきっかけに理香は「普段あまり本を読まない人」に向けたお薦めの本をお客さん100人に1冊ずつ選んでもらう、という企画(「百人文庫」)を立ち上げ、成功させるのだ。

小林書店もかつて、人気の雑誌や漫画の入荷が数冊しか回ってこず、困っていた。出版取次側としても、やはり大手の「より売れる店」に配本が偏らざるを得ないという事情もある。由美子さんはそれを克服する策として、小さな書店がお客様に来てもらうために、本を買ってもらうためには、書店の規模では到底大手にかなわないが、「小さな書店だからできること」「自分たちにしかできないこと」を常に考え続けた。

では、中小書店はどうすれば欲しい本を回してもらえるか?答えはシンプルー「結果(売上)を出せばよい」のである。由美子さんは「(子供向け学習書や料理などの)全集」などの企画がたくさんあった時代、その全集の注文を一軒一軒お客様を訪ねて回り、地道に予約の数を増やしていった。こうした努力が実を結び、小さな書店が50件や100件の予約を取った。通常は回ってこない、人気雑誌や漫画などが優先的に入荷されることを実現した。結果(売上)を出すことを実現したのだ。

「できない」を「どうしたらできる?」と考え、実行してみること。小さな書店だからこそ、お客様のところを1軒1軒訪ねてお客様を知ろうとし、「お客様の欲しいもの」を探す努力をして、それを届けた。「小さな書店で入荷が限られる」からこそ、地道にお客様の必要な情報を届ける、地道な努力をすることができた。これが由美子さんの最大の強みになったのだ。

成功を独り占めしない「巻き込み力」

町の小さな一書店である小林書店が、企画ものの本の注文を何回も取るという快挙を成し遂げたわけだが、由美子さんはその成功体験を独り占めにはしなかった。小林書店の活躍に対し、出版社が東京に招待して感謝会を開いてくれることがあったのだが、由美子さんはその経験を受けて、他の同じような規模の町の書店にも「経験させてあげたい」と思ったのだ。「ダメ元」で大型辞書を200冊売ったら東京へ招待する、という出版社の企画のキャンペーンに参加を呼び掛けた。一緒に励まし合い、報告会を開いて、お互いのやり方をシェアするなどして頑張った結果、実際に東京行きの切符を手にした人も出た。普段なら到底無理、と思われていた数を売り上げたわけだが、感動を独り占めしない「巻き込み力」も由美子さんらしい。

アマゾンに勝つ?ー「この人から」買いたい

ご存知の通り、本は今は通販で簡単に注文できる。書店にわざわざ出向かなくてもいいし、家に配達してくれるので楽チンだ。でも、もし、「この人から、この人だから」買いたい、という人がいれば、それは通販をも超えることができる。この本の中で、「どうせ(同じ本を)買うなら、由美子さんから買いたい」という部分が登場する。本好きな社長が通販で買っていたところ、由美子さんから買うように進言するという話だが、由美子さんの普段の姿勢がお客様の気持を動かしたのだ。これを「アマゾンに勝った話」として紹介しているが、日頃の接客やお客様との何気ない会話が「信用貯金」として積み重なった結果なのだろう。

普段生活していると、わざわざ出かけていく手間、人とのやり取りが煩わしく感じることもあるし、私もここ数年はネットショッピングの比率が増えていた。でも、数少ないなじみのお店、たまたま立ち寄って気持ちの良い会話ができた時など、やはり「このお店に来て良かったな」と感じることができる。私もあらためてひと手間かけて「この店の、この人から」買うという経験を増やしたいと思った。そのことで、好きな店員さんと繋がれたり、お店やその人への「give」になるのなら、なおさらだ。

信頼と感謝~昌弘さんの話から

本書にはご主人の昌弘さんから教えてもらったという素敵なエピソードも盛り込まれている。
昌弘さんはお客様に配達する時は必ずビニール袋に入れた本をポストに入れ配達したお宅に向かってお辞儀をしていた。また、集金する時は配達のついでではなく、あえて一度家に戻り、きちんとシャワーして着替えてから向かっていた。こうした行動は、数多い書店の中から小林書店を選んでくれたことへの感謝の気持ち、大事なお金をいただくことに対する最低限の礼儀からだという。こうした昌弘さんの日頃の姿勢の一つ一つが小林書店の信用の土台になっているし、より一層「これまで積み重ねてきた信用を損なってはならない」という気持ちにさせている。

また、由美子さんが東京での仕事から戻った時に、「疲れた」と言うのではなく、留守番で快く子守や家事を引き受けてくれたお母さんへの感謝の気持ち、「お陰で楽しく仕事に行って来ることができた」ことをまず伝えること、を教えてくれた。

この後半のエピソードは私は耳が痛かった。私もかつて、何度も母に留守宅での子守・家事をお願いしたことがあったが、疲れて帰ってきた時はそんな風に考えてお礼を言うことができていなかった。そして、子供の年齢は上がりこそすれ、今は夫に同じことをしてもらっているが、感謝の気持ちは十分表現できているだろうか??激しく反省・・・。

根底にあるのは人への愛と感謝

この本は小説という形を取っているが、伝えたいエッセンスは社会人として、人として、知っておくべき大事なことを小林書店の「由美子さん」を通してしっかり伝わってくる。この本の根底にあるのはお客様や関わる全ての人への「愛」と「感謝の気持ち」だ。それは由美子さんが仕事や日々の生活を通して学んだことであるが、実在する人物であるからこそ、温かみのある関西弁のニュアンスとともにビビッドに響いてくるし、新入社員の主人公・理香を通じて私達も学ぶことができる。

改めて、本書を読んで、書店の本棚に本が並ぶ、ということは多くの人の手がかかって初めて成り立つことであり、「当たり前」のことではないということが分かったし、「この店から、この人から買う」という」人との関わりを持ちたいと思った。

ちなみに、この本で小林書店が作家の鎌田實先生の講演会を主催する話が出てくるが、この話にインスパイアされた芦屋のブックカフェ「はるのうた」のオーナーである八幡圭子さんがお店初の一大イベントとして「朗読会&座談会」を企画・開催されている。残念ながら海外在住の私は参加できないが、ここにも一人、由美子さんの影響を受けた人がいる。


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