還暦ちょいワルさん

「はじめまして。すごくセクシーですね。なかよくしましょう」

が、彼からのファーストコンタクトだった。
マッチングアプリに登録した翌々日のことだ。
プロフィールによると、彼の名はtaro さん(60)。
職業はデザイナー、東京都中央区在住、年収は1500万円以上、とある。
高層階らしい景色を背に、いかにも高そうなソファに足を組み、首をかしげるようにしてほほ笑む写真。
悪だくみを思いついたいたずらっ子のような目元が、好みだ。
座っていても、あごまわりも、おなかまわりにも余分なお肉がついている感じがしない。
還暦のちょいワルさん、あと5年で高齢者、という雰囲気ではない。
でも、何か違和感がある。胡散臭い。

それからtaroさんからは、毎日のようにメッセージが送られてきた。
「おはようございます」「おはようございます」
でも、それきり会話は続かない。
翌々日、今度は「こんにちは」「こんにちは」
さらに次の日は、「おつかれさま」「おつかれさまです」
あいさつの吹き出しだけが並んだ。

これは、何の悪だくみだろう。
私、どんないたずらに巻き込まれているのだろうか。
いやいや、これだけであやしいと判断するのも失礼ではないか。

そのまま放置すればいいのだが、ナイスミドルな余裕を漂わせた写真に、魅かれてしまうのだ。
私のバカ、バカ。


ある日の昼休み、「お会いしましょう。平日休みはありますか」
と、彼からメッセージが送られてきた。
最初の「セクシーですね」以来、はじめて内容のあるメッセージだった。
私が平日は休めないことを伝えると、「土日でも都合つけますよ」と。
「もう少しこちらでやりとりしてからにしたいです」というと、返信は来なかった。
彼がいたずらっ子の目で笑うのが、見えた気がした。

数日してまた、「おはようございます」「おはようございます」が2日間。
たまりかねて、
「あいさつばかりが並ぶタイムライン、笑っちゃいます」
と、私からメッセージを送った。
「じゃあ、早く会いましょう。LINEください」と、LINEのアカウントが送られてきたと、スマートフォンの通知画面が教えてくれた。
朝8時57分。
10時前にメッセージを寄越したことがない彼にしては、びっくりするくらい早い反応だ。

実は例の年下くんには早々にLINEを教えていたのだが、会う前から少し距離が近づきすぎたと後悔していたところだった。
第一、家族や友人、仕事関係の人の中に、マッチングアプリの中の彼が一緒に並ぶ?
やっぱり、何か違和感がある。
半日ほど、アプリのメッセージを既読にもせずに考えた。

一度、会ってみるのもネタになるかな。
還暦のちょいワルさん、どんなふうに口説くのか。
それとも、遠目に私を見つけ、幻滅してそのままいなくなるのか。
どちらにしても、おもしろい。
そう思って、送られてきたURLをタブレットに入力した。
リターンキーを押すと、QRコードが表示された。
またしばらく考えて、えいと覚悟を決め、とりあえずスマホをかざしてみた。
アカウントが表示された。アイコンのないアカウント画面が。
アカウント名は「taro1234」とあった。

やっぱり変だ。何か違和感がある。
あの意識高い系のプロフィール写真で、しかもデザイナーだよ。
この写真のない、しかもセンスゼロのアカウント名はありえない。
裏アカウントに違いない。
いや、もし表のアカウントでも、幻滅だ。
あんなにスマートに見える人が、名前に1234とつけたアカウント名?
お願い、還暦ちょいワルのイメージを崩さないでほしい。


やっぱり、ないな。
「友だちに追加する」ボタンを押すのをやめて、私は静かに画面を閉じた。

それでも、タイムラインには彼からのメッセージが残る。
「未返信」のバッヂとともに。
彼の悪だくみに引っかかってしまった、と思った。


*今日の活動状況
・もらった足あと:9人
・もらったいいね:4人
・やりとりをした人:3人
朝晩の年上さんからのメッセージは、決まって3〜4センテンス。
メッセージの形態は、お相手に合わせることにしているので、私からもひとこと日記さながらのメッセージがお行儀よく並んでいる。
会ってみたら、ものすごく神経質とか?
実は感情的になる人とか?
どちらもふだんは穏やかな人で経験があるので、ちょっとおっかない。
いずれ会いましょうという日が来るのだろうか。

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