【短編】人を見る目

新しい仕事が決まって、お世話になった上司に退職の挨拶に行くと、最後に食事に行こうということになった。

有名ホテルの最上階にある高級寿司店は、平日の昼間だというのに満席だった。
若い店員に案内されて、カウンターの席につくと、大将は上司と知り合いらしく、親しげに挨拶を交わした。

熟練の寿司職人が、手間暇かけて仕込んでおいたネタを、私のために目の前で握り、カウンターに載せるというパフォーマンスだけで、心が満たされていくのを感じた。
贅沢とはこういうことなのだな。

次々と出されるお寿司を前に、上司との会話は途切れがちになった。

大将が、「揚げ物をお出ししますね」と言ったところで、上司が思い出したように口を開いた。

「今度、昔、私が育てた部下が、重職につくことになったんだけど、心配しているんだよね」
「どうしてですか?」
「彼はパフォーマンスが上手くて、上からのウケはいいんだけど、中身がないんだよね」
「はぁ」
「彼に実力がないことを分かってる人は分かってるし、これから大変なんじゃないかな…途中で、投げ出さなければいいけど…」

その時は、なぜ上司がそんな話を関係ない私にするのか、上司の意図が分からなかった。

あれから2年。
もしかしたら、あの話は、私のことだったのかもしれない、そう思ったりする。

要職につくような人物は、人を見る目が備わっている。


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