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満員電車でみんなで叫ぼう

ひとつの空間に集まった人たちは、ただ当たり前の日常として、何の目的もなく、お互い踏み入れることなく混じり合うことなく、身を寄せ合っている。そんな体験は電車やバスなどの公共交通機関以外でしたことがない。電車で出会うひとはみんな普通の人で、でもよく目を凝らすと一人一人が愛おしい。私は一緒に居合わせた、その人たちと手を取り合って踊りたい。電車で出会った人たちと私の試行エッセイ。

隣の人のスマホが見えた。その画面はたぶんTwitterの下書きだと思う。その人はうとうと眠りながら下書きの画面をスクロールしている。下書きの内容は見えないけれど、結構たくさんある。私も自分のTwitterの下書きがたくさんあることを思い出す。Twitterですら思っていることをすべて呟いたりしない。「ああああああああああ」って書いた自分の下書きを思い出す。そして、この間読んだ、堀静香さんの『せいいっぱいの悪口』を思い出す。本当は、満員電車でみんなが叫べればいいのに。満員電車で乗り合わせた人たちと、ああああって叫んでいる様子を想像して、にやにやする。ちょっと元気が出た。みんなしんどいから、しんどさを隠さないでと思う。満員電車でみんなで叫ぼう。

東横線 2023年1月28日 小手指行き 14時くらい



前の席に座っていた60-70代くらいの男性が、突然アクロバティックに前転してきた。たぶん酔っ払って寝ていたのかな。そして、崩れ落ちるように、それにしては見事な前転で転がってきた。たぶん怪我はしていなかったので、よかった。前転のあまりの見事さに拍手したくなった。全然知らない人と隣に座って、ある種友達とも近づかないくらい身を寄せ合っているのに電車で一体感に包まれる時ってあんまりない。でも、たぶん、前転を目撃した人たちとは「びっくりしたけど見事でしたー」と、心が通じ合った気がする。

京浜東北線 2023年2月15日 大船行き 夜12時くらい



スーツを着た男性が少年ジャンプを持ちながら入ってきた。年齢は50代後半くらいかな。ジャンプもスマホで読めるようになってから、全然週刊誌として味わっていなかったけれど、その人が真剣な面持ちでジャンプを読んでいる姿にまた久々に週刊誌(雑誌)としてのジャンプを読みたいと思った。色とりどりの古紙に印刷されて束ねられているジャンプをその人は捲くっていく。いつでも、ジャンプというか大衆マンガの週刊誌は大好きだ。この人にもこの人なりの生活があって、日常がある。けれど、たぶん漫画を読んでいる時は、その人でありながらもその人ではない感覚になっているんじゃないかな。漫画の世界に潜り込んで、少年ジャンプを読む彼はいつだって少年なんだ。表紙はワンピースだった。私も買おうかな、雑誌としての週刊少年ジャンプ。

東横線 2023年2月27日 渋谷行き 18時くらい

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