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「我々はロシア人だ、真実は我々と共にある」:ロシア映画『Brat-2』でみるロシア社会考察。

Sergej SumlennyがEuropean Edgeで発表した論評:2/22/22 の記事の翻訳です。

ロシアの外交は、公認の極右・反西欧の材料で味付けされている。そして、その味を楽しんでいるのはプーチンだけではないのだ。

ウラジーミル・プーチンは、ユリアとアレクセイ・ナヴァルニーとは多くの点で大きく異なるが、少なくとも1つの点で共通している。彼らはロシアの大ヒット映画 『Brat-2 』のファンだと言うことだ。- それは、現代のロシアの排外主義、例外主義、反西欧主義の典型であり、高潔(善良)なロシアと敵対する(ロシア以外の)残りの世界の間の永遠の戦いという考えを推し進めるものである。

2021年1月、野党指導者のアレクセイ・ナヴァルニーとユリアは、ベルリンからモスクワに飛んでいた。ナヴァルニーはプーチンのFSBによるノビチョクの攻撃を生き延びたばかりで、神経ガスからまだ回復していないところだった。彼も妻も、このフライトがロシアの残忍な施設での投獄で終わるとは知らなかったが、察しはついていただろう。どちらも、来るべき戦いへの覚悟を示したかったのだ。自分達の言葉の一つ一つが詳細に調べられることを知っていたユリアは - 機内のアレクセイの隣の席で - カメラの一つを見つめ、言った。「Boy、ウオッカを持って来て。家に(飛んで)帰るわよ。」

この言葉は、ほとんどのロシア人にとって、紛れもなく『Beat-2』からの引用である。

一つの映画や本で文化を語ることはできないが、『Brat-2』は少なくとも現代ロシアを語る上で欠かすことのできない作品である。プーチンの任期が始まったばかりの2000年に公開されたこの映画は、単なる大ヒット作ではなく、プーチンが定期的に引用する映画と言うだけでもない。主人公のダニラ・バグロフがプーチンの2004年の大統領選挙キャンペーンの一部を担った映画と言うことだけでもない - プーチンの時には肖像画に「プーチンは我々の大統領」、ダニーラの肖像画に「ダニーラは我々の兄弟(ブラット)」というお揃いのスローガンが入っていた。(この映画は)また、この20年間、ロシアの自己認識のバイブルともなっている。

映画のあらすじはいたってシンプルだ。主人公は、童顔で官能的な唇を持つダニーラと呼ばれる青年で、1990年代後半の繁栄した(一部の人にとって)好景気のモスクワで迷子になった退役軍人である。軍隊時代の友人がボディガードの仕事を引き受け、雇い主であるマフィアのボスに殺されたことを知る。正義を貫こうと決意したダニーラは、そのマフィアの米国取引先のシカゴ本部へ向かう。そこで彼は、シカゴとモスクワの組織が、ロシアの少女を性的に虐待し、欧米の小児性愛者に売りつける暴力的なビデオを制作していることを突き止める。

この発見には、更に多くの敵がつきまとう。ウクライナの民族主義者とロシア嫌い - マフィアのボスのパートナー - がダニーラを追い詰める。ニューヨークの自動車ディーラー - ほとんど全ての反ユダヤ的表現が特徴的な老人 - は、ナイーブで善良なダニーラをだまし、彼の金を全て奪っていく。ロシア人女性を性的搾取から救おうとするダニーラを、黒人ポン引きや銃の売人達が殺そうとする。

この映画には、現代のロシア・ナショナリズムのあらゆるターゲットが含まれているのである。そして、偶然ではないのだが、これらはロシアのメディアによって、ロシアとその伝統的価値観の永遠の敵として描かれたグループでもあるのだ。ロシア人の「ブラック・ライブズ・マター」運動に対する敵意や、ポリティカル・コレクトネスの否定など、『Brat-2』には全てが詰まっている。主人公は、Nワードを朗々と使い、黒人を撃ちながら、「学校でNワードはOKだと教わった」と説明するのである。

しかし、善と悪というような単純なものではなく、アメリカにもロシア人と同じように善良な人々がいることがわかる。ダニーラの相棒となるアメリカ人のベンは、田舎者のトラック運転手で、他の人が手をこまねいていても助けることができる、真の行動派である。

マフィアのボスは敗れる;ダニーラの兄は非常に愚かなウクライナの民族主義者を殺し、アメリカの国境警備隊はかわされ、ウクライナ語を話すイリノイ州の警察官は残酷に打ちのめされるのだ。

プーチンは、公の場で定期的に『Brat-2』からの引用を散りばめている。このように、彼は記者会見でダニーラの言葉 "The Power is in the Truth "(権力は真実の中にある)を繰り返し使っている。映画では、主人公がジェームズ・ボンドのように、超悪役の奥の院に乗り込んで行った後に、この言葉を口にする。アメリカ人は金を信じるが、ロシア人は真実を信じ、それが彼らの強さの源なのだ。アレクセイ・ナヴァルニーは、2021年2月、でっち上げの罪で投獄される前に、法廷で "The Power is in the Truth "という公式を最後の言葉として使い、これを「ロシアで最も人気のある政治公式」と呼んだ(彼自身の目には、ナヴァルニー自身がダニーラでプーチンがマフィアのボスだと映っているかもしれないが)。

映画が公開されてから22年経った今でも、ロシアではダニーラ、銃、そして "The Power is in the Truth "というスローガンが書かれた車のステッカーを買うことができる。まさに同じようにさりげない虚勢を張って、プーチンは2018年のヴァルダイ国際討論会で、核戦争では「我々(ロシア人)は殉教者として天国に行き、彼ら(西洋)は滅びるだけだ」と語った。国営チャンネル・ワンは昨年、20周年記念の特別上映を行い、“多くの点で”、アメリカ人についてはカルト映画であるが、彼らのための映画ではないと説明している。
一方、ある出版社は今年、ダニーラ主演のコミックを発売する予定だ。

『Brat-2』 YouTubeへのリンク

もちろん、この作品の多くは、無慈悲な暴力という、よく知られた(そしてよく言った)映画の決まり文句に頼った、たたき売りのようなものだ。この映画はシリアスとは程遠く、政治的なマニフェストでもない - 例えば『ダイ・ハード』以上に -IMDb.comでは7.8点の高評価を得ている。(Rottentomatoes.comなど米国の他の人気サイトではその存在を認めていない。)この映画を観たからといって、超国家主義者になると言うわけではない。

しかし、そのテーマは明らかに近代的なナショナリズムと呼応し、ロシアの観客の神経をはっきりと捕らえている。だからといって、この映画がロシアの優越の夢や、西洋に差別された国家、手錠をはずす準備をしている国家という意識の最初の表れだとは言わない。そうではない。

スクリパリ毒殺事件からサイバー攻撃、西側への軍事的圧力まで、ロシアの侵略のあらゆる兆候は、1990年代後半に同国の極右勢力によって完全に予見されていた。突撃銃の名前を偽名にした極右作家マキシム・カラシニコフ(本名はウラジミール・クチェレンコ)。1966年、ソ連のトルクメン共和国アシガバートに生まれたカラシニコフは作家となり、ロシアの書店にレバンキストで過激な反西欧マニフェストを溢れさせ、文字通りソ連の崩壊は、(西側の)「背中を刺された(=裏切り)」の結果だと言った。これは、1918年のドイツ帝国崩壊後にドイツの極右が使った言葉である。カラシニコフは数々の著書の中で、西側諸国を、彼が "新しい遊牧民 "と呼ぶユダヤ人が経営するロシアの永遠の敵として描いている。彼は、ソ連の軍事的、技術的優位性を歌い、それは臆病なエリートによって裏切られたが、「ソ連2.0」を作るために復活させる必要がある、と言ったのである。

ロシアの世界的なパワーの回復に関するカラシニコフの考えは、ロシアが西側との架け橋になろうとした1990年代には気紛れなものに見えた。彼は、国際的な義務を取り消し、乱暴な振る舞いをしながらも、もっともらしい否認権を与えるために海外の過激派工作員を利用するという虚無的な外交政策を提唱した。西側を弱めるためにテキサスからバイエルンまで極右や分離主義運動を支援すること、ハッカー集団に投資して西側のコンピュータネットワーク、証券取引所、技術センターを攻撃すること、NATOを不安定にするためにゲリラ戦法を駆使すること、そして何よりも西側は紙の虎であり、ロシアには真実があるから、西側の力を恐れないこと、などを強く勧めたのである。

新生ロシアの目標は、ドンバス(彼は「ロシアの心臓」と名付けた)の再占領を含む「ロシア民族社会主義」(文字通り)の創設とソ連の復興であり、クリミア、南ウクライナ、「ノヴォロシア」地域全体であるとカラシニコフは言った。それから何年も経ち、2014年にロシアがドンバスを占領してからは、ロシアで最もクレムリン寄りの経済誌「エキスパート」が、「ドンバスはロシアの心臓」と同じ表現を表紙で使っている。

2007年には早くも、カラシニコフ(「ソビエト兵器の普及者」とおどけた表現をしている)は、プーチン青年運動 Nashi の悪名高いセリガー湖キャンプに主要講演者の一人として招待されている。2009年、当時のドミトリー・メドベージェフ大統領は、彼の「技術開発に関するアイデア」を公に賞賛し、政府に研究するよう促したが、彼が時折、当局に対して非常に失礼な態度をとることを指摘した。2020年までにカラシニコフは、ロシアの防衛産業と強い結びつきがあるロシアのメディア、Voyenno-promyshlenny kuryerの編集長に就任している。

カラシニコフ一人ではなく:他にも、ユーリ・ムヒン、極右ジャーナリストで作家のアレクサンドル・プロハノフ、ファシスト思想家のアレクサンドル・ドゥーギンなど、ロシアの優位性を主張し、迅速かつ残忍で、国際法を無視した行動を提唱する面々が含まれる。

ロシアの極右には歩兵もいる。2020年、「ロシア帝国運動(RIM)」という団体がテロ組織に指定された。ドンバスでの戦闘に深く関与し、準軍事組織を持ち、外国の過激派に戦闘技術を訓練していた。しかし、RIMが(テロ組織として)指定されたのはアメリカ政府にであり、ロシア側ではない。ワシントン・ポスト紙によると、プーチン大統領報道官はこの件について尋ねられた際、「コメントできるほどRIMについて知らない」と述べたという。

極端な右翼思想は、主流派にも浸透している。たとえば、国営放送のチャンネル・ワンは、反ユダヤ主義の合い言葉として知られるロスチャイルド家についてゴールデンタイムに報道し、同家がビルダーバーグ・クラブを通じて世界の支配に一役買っていることを明らかにした。ダニーラを「我々の兄弟」と囃し立てた親クレムリン派の新聞 “KP” は、こんな見出しのコラムを掲載した。「ナチスがロシアのリベラル派の先祖の皮を剥がさなかったのは残念だ - 今日、我々は(彼らとの)問題を抱えずにすんだだろう」

この20年間、西側諸国はロシアの極右過激派を軽蔑的に扱い、あるいは限界的な存在と決めつけてきた。『Brat-2』のような大衆文化を破壊するような作品も、同じように無関心に扱われてきた。しかし、プーチンのロシアは極右団体ではないが、ロシア人に西洋は卑しく腐敗しており、ロシア人が繁栄するためには西洋を倒す必要があると説得しようとする過激な大衆イデオロギーを育ててきた。このメッセージは、腐敗した支配層のエリートだけでなく、野党の活動家にさえも支持されてきた。

ロシア国民の間でのその成功はもっと疑問である。2014年以降、プーチンのよく知られたソ連の夢にもかかわらず、ウクライナとの(おそらく強制的な)統合を望むロシア人は5人に1人以下、大多数(70%)が差し迫った核戦争を時々または常に心配し、国民のほぼ半数が自国政府が彼らに対する弾圧を強める計画であると恐れている。代替的な意見へのアクセスは非常に限られており; 国営メディアは反西欧のプロパガンダを流しているにもかかわらず、『Brat-2』のようなよくできた映画は文化的景観の中で賞賛されているのである。

極右思想とプーチン政権の政策との関連性は無視できない。それにもかかわらず、無視されてきた。これ以上無視することはできない。

(著者) Sergej Sumlenny ドイツの政治専門家で、特にロシアと東欧の安全保障とエネルギー政策に力を入れている。2015~2021年、ドイツ・ハインリッヒ=ベール財団のウクライナ・ベラルーシ担当事務所長を務める。政治学の博士号を有する。

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