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二度と行けない あのカフェの

2019年のハノイの旅は、ちょっと変わったものだった。
夫がベトナム北部のハノイで、とある長期プロジェクトに携わっていて、その滞在先に遊びに行ったのだった。

場所はハノイの中心部である旧市街地ではなく、西湖(テイホー)と呼ばれる大きな湖の東側、駐在員や外国人がたくさん暮らしているエリアだった。

昼間は夫は仕事なので、一人で湖を中心に毎日たくさん歩いた。外国人向けのオシャレなお店も多いけれど、少し奥まで行くと、木の舞台にゴザを敷いて、ほとんど裸のような格好でごはんを囲む家族の姿も見えたりして、面白いエリアだった。ベトナムは温かいからか、外と家の境界が日本よりもハッキリしていないように思う。ハノイに行く人には、旧市街も面白いけれど、この北湖エリアを是非オススメしたい。

滞在先のホテルがある通りに、そのカフェはあった。道路沿いの鉄扉のアーチをくぐると、テラコッタの床のテラス席があり、カフェ全体が大きな木で囲まれている。テラスなんだけれど部屋の中のような雰囲気で、すごく居心地が良かった。木漏れ日が、運ばれてきたストロベリー味のチャイに綺麗な影を落としていた。自然が作り出す光と音、そして若い定員さん達がのんびりと仕事をしている雰囲気が、身体を緩ませてくれた。

なんとなく、そこだけ別世界だった。建物もヨーロッパ風で、ハノイに着いてすぐに夫が「絶対に好きだと思う」と言って連れてきてくれた。夫の予感の通り、ほぼ毎日そこに通った。

あの幸せな雰囲気を思い出す。コロナが始まり、あっという間に世界が遠くなってしまっても、世界がまた開いたら戻りたい場所として、心の中で温めていた店だった。

その店が、Googleマップで検索しても、出てこなくなってしまった。あれ、この辺だったよね…?と何度もストリートビューを確認したけれど、その店は跡形もなく、どうやら街の電気屋さんに変わったようだった。

夫の仕事もあるし、ハノイにはまたすぐに行けるだろうと思っていた。今はもう夫の仕事のプロジェクトも終わってしまったし、ほどよく賑わっていたあのカフェが、無くなるなんて思ってもみなかった。

もうあの場所は無い。11月の暖かい空気のなかで飲んだ、ストロベリーチャイの味は覚えているけれど。きっとコロナを挟んで、こういう思いをしている人は多いのではないかなと思う。

旅ってこういうことの積み重ねかもしれない。いや、旅だけじゃないか。日本にいたって突然、もう二度と行けなくなってしまったお店がある。寂しいけれど、そういう場所が心の中にあるということは、幸福なことだと思う。

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