アマチュアホルン吹きがホルンを新調する話【中編】

みなさんは大きな金額の買い物を決断する時、何を決定打とされるだろうか。
私はずばり、タイミングである。衝動的だと言われればそうなのであるが、これまでタイミングの良さで物事を決めて後悔したことは今のところ一度もない。

管楽器専門店「DAC」に入店し、ホルンコーナーを一瞥しただけで思わず笑ってしまった。誰かと巡り合うのを待っている、ピカピカのホルンがずらりと並ぶ圧巻のショウケースの上には、「ホルンフェア」と書かれた大弾幕が掲げられているではないか。
あ、これは私今日ホルン買うな。そう私のゴーストがささやいた。運が味方しているとしか思えない。それほどまでに完璧なタイミングだ。

管楽器の値上げが発表されて間もなかったので、もしや金利フェアくらいはやっているのではと期待していたが、まさかドンピシャにホルンのフェアだとは思いもよらなかった。気持ち的にはスキップでもしたい気分だったがそれはお花畑の脳内でするとして、なんとか冷静を保ちながら、お目当てのメーカーが並んでいるか祈る思いでショーケースをのぞいた。

あった。StomviのTitanシリーズ。そして日本におけるホルンメーカーの絶対的王者・Alexander。この二つを一度に試奏できるから、このお店を選んだのだ。話しかけてくれた店員の方に伺うに、ちょうど予約が入っていないので、この二つをこれから試奏できるという。くぅ~、タイミングゥ~!衝動買いの女神に愛された者とはまさに私のことだと確信した。

店員の女性に、現在使用している楽器の特徴、どのメーカーが気になっているか、こんな音色の楽器がいいなど、様々なヒヤリングをしていただいたのち、それではお好みに合いそうなものをお持ちしますねと終始丁寧に対応いただいた。
あまりに親切でだんだん怖くなってきて、今日買えないかもしれないんですが大丈夫ですか!?と、途中から太客ではないアピールに余念がなくなった私に対しても姿勢を変えず、本当に親切にしていただいたことをここにお礼申し上げる。今後、楽器を新調しようと考える人がいれば、東のDACにいる誰々さんを訪ねて相談するようにと言います。

ここで、吹かせていただいた楽器に対して、私なりのレビューを記しておこう。
①Josef Lidl〈ヨーゼフ・リドル〉880Y
日本に一本しか入荷していないという、現時点ではかなりレアな楽器。息が入りやすくて、意外といい音が鳴る。音ムラもなく、高音・低音ともに当たりやすかった。でもなんと形容すればいいのか、見た目がなんとなく…ちょっと…イマイチというか…貧乏くさいというか…。中学校の持ち楽器にありそうな、薄い色のイエローブラスがどうにも好きになれなかった。言わずもがなこれは私の好みの問題なので、楽器は全く悪くないです。

②Hans Hoyer〈ハンス・ホイヤー〉
Hansは、高校時代に先輩があまりにいい音で吹くので試しにお借りしたことがあったが、全く別物のような残念な音になってしまった思い出がある。ハイグレードなものでも60万円台と、コストパフォーマンスの良さに注目して吹かせていただいたのだが、残念ながらいまだに私との相性は抜群に悪いようだ。面白いほど鳴らない。私が所有したら、楽器も奏者も不幸になる。力及ばずごめんなさい。

③Cornford〈コンフォルド〉
ドイツのハンドメイドホルンでさすがの音色だったが、150万円はさすがにムリィィィィ!ということで早々に退場いただいた。かなわない夢は見ない主義である。

④Stomvi〈ストンビ〉TITANシリーズ DH61
来ました大本命。YouTubeで数々のメーカーの吹き比べ動画を聴きあさり、最も私の理想に近い音色を持つメーカー。明るくて、軽々と遠くまで響いて、表情豊かな音色。訪れたことはないが、スペインののびやかで自由な風土を感じる。音程もよく、音ムラもないと感じた。
そして細部にまでこだわった装飾。TITANシリーズは、その一本一本に星や神々の名前がつけられている。これは他のStomviユーザーに会ったときに、話題がひと盛り上がりするやつじゃないですか!孤独なホルン奏者の友達作りまでサポートしてくれるなんて…。Stomviすぎょい…。ここまででぶっちぎりのナンバーワンである。

⑤Alexander〈アレキサンダー〉103
やっぱりこれを吹かなきゃ始まらないですよね!ということで、Alexander様にも降臨いただいた。軽く息を入れるだけで瞬時に反応しよく鳴る、本当にいい楽器。これなら高音も低音も怖いもの知らずでバリバリ当たる気がしてくる。多くの音大生・プロから高い支持を得ている御用達メーカーだけのことはある。
アレキを吹いて分かったが、Stomviはかなりアレキの吹奏感に近いように思った。巻きは103と同じということだったので、そのあたりに由来するのだろう。
しかし、私はアレキのあのパリーーーン!とした音がちょっと苦手なのだ。小声で話したいのにどうしても声が通ってしまい、秘密を全部バラしちゃったみたいな気持ちだ。いざ曲中でその状況になったとき、自分の技量で楽器の特性をカバーできる自信がない。

こうして数々のメーカーを吹き比べてみると、意外と自分にとっての選択肢は少ないのだと感じた。結構優柔不断なところがあるので、吹きすぎてなにが良くてなにが悪かったのか分からなくなりそうだと心配していたのだが、そんな不安は無用だった。楽器は体の一部だ、などとよく言ったものだがまさにそうで、自分の仕様と合わないものを装備しようとするとすぐにわかるので不思議だ。Stomviは想像通りの楽器だったし、Alxanderは奏者の実力を問わず底上げするバフ的効果を持った素晴らしい楽器だった。
もし同じように楽器選びに不安を抱えている人がいたら、安心してただただその時間を楽しんでほしいと伝えたい。それほどまでに楽器試奏は、非常に得るものの多い貴重な体験となった。

この日はひとまず店員の方にローンの組み方などを詳しく伺い、Stomviの見積もりをいただいた。いったん一週間取り置きをしてもらえるようで、その間に選定をどうするかを決めなければならなかった。私はその日中に、高校時代の友人で音大卒のクラリネット奏者に、ホルン奏者のお知り合いがいないかを訪ねたのだった。

続く。


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