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だが、選挙っておもしろい

スポーツには、「地面の上でやる競技」、「水の中でやる競技」、「氷の上でやる競技」などがある。

水の中には水の中の理屈があり、氷の上には氷の上の理屈があるので、地面の上でやるようにはやれない。

ぼくは20年くらい水泳に凝っていた時期があるのだが、おもしろくなってきたのは、水の理屈に逆らわないようになってからである。

地面の上ではこうなのだから、水の中でもこうでないと困る

などと言うのは机上の空論だ。

正論をおしつけても水は動いてくれないが、妥当な取引きをもちかければ、水はきちんと力を貸してくれる。

外国語にも似たところがあり、英語を使うということは、英語のプールの中で泳いでいることと同じだ。日本語の理屈で泳ごうとしても無理だが、水の理屈に逆らわないように泳げば、水はあなたを助けてくれる。

選挙の理屈

「選挙も同じだな~」ということを『選挙』(2007)という映画を見て、つくづく思った。

選挙というプールに入っている水は「コネ」である。コネの中を必死で泳ぐのが選挙であって、それを良いの悪いのと外野から批評しても仕方がない。

おみこしとしてかつがれる

この作品は、2005年の川崎市議会宮前区補欠選挙を追ったドキュメンタリーで、主人公は「山さん」こと山内和彦候補である。想田監督は、山内さんと東大の同級生なのだそうだ。

それまで川崎市議会では、自民党議員が19人、民主党議員が18人で、自民党がかろうじて第一党の座を守っていた。しかし欠員ができ、18対18で勢力が拮抗する。

この欠員を取れるかどうかで第一党の座を死守できるかどうかが決まるので、自民党は総力を挙げて選挙態勢を組むが、適当な候補者が見当たらない。

そこで、この地区の衆議院議員 山際大志郎氏が、白羽の矢を立てたのが山内氏だったのだそうだ。

山内さんは東京の人であり、川崎には縁もゆかりもない。切手収集が趣味の古物商で、いずれ江東区の地縁を生かして、区議会議員を目指したいなあ、くらいのことを思っていただけの、ずぶの素人である。

だが、山際議員のお兄さんが山内さんの同級生という縁があって「さわやかな人柄と東大卒」というだけの条件で、落下傘候補として擁立された。

「落下傘候補」とは知らないところからいきなり舞い降りてくる候補という意味で、山内さんは自民党が川崎市議会で勢力を守るためにかついでいるおみこしにすぎない。しかし、当時は、小泉政権の絶頂期であり、それでなんとかなったのだ。

すさまじいドブ板選挙

宮前選挙区にはすでに自民党市議が3人いるのだが、その3人の後援会組織が、地盤もカバンも看板も何も持たない山内さんを総力を挙げて支援する。だが当選すれば地盤が食いあうので、明日の敵でもある。

無名候補の応援のために、荻原健司氏や、橋本聖子氏や、石原伸晃氏や、ついには小泉純一郎総理までがやってくる。

自民党の都合のために擁立され、総力を挙げて当選させられていく山内さん。選対本部には、山内さんの力量や人柄にほれ込んで推している人は誰もおらず、みな「頼りないなあ」と思っている。じっさい彼には大した公約もビジョンもなく、参謀たちからも、

名前を連呼して、よろしくお願いしますだけ言っていればいいから

などと指導される。

シロウトの山内さんには手抜かりも多く、山際議員からは再三再四小言を言われ続け、声がかれるまでひたすら名前を連呼し、握手をし、頭を下げ続けるだけだ。

最初は「狂ってる」と思った

雰囲気は伝わるだろうか。
ぼくはこの映画を見始めて最初の30分は

完全に狂ってるな・・自民党で選挙を戦っている連中はみなキチガイだな

くらいに思った。山内さんを寄ってたかって担ぎあげる自民党川崎支部の連中が、腹黒い既得権益のカタマリにしか見えなかった。

山内さん自身、東大同級生たちの訪問を受けて「結局、選挙は民主主義でもなんでもなくて、ムラ社会の争いなんだよ・・」などと青臭いことを言うが、ぼくも同じように感じた。

しかし、だんだん見方が変わってくる。

「腹黒い既得権益の集合体」に見えていた人たちが、しだいに味わいのある人間に見えてきて、聖人君子は一人もいないが、鬼もいないことがわかってくる。

コネに良いも悪いもない

選挙というプールの中にはいってる水は、コネであり、コネにはイイも悪いもなく、ただの現実だ。選挙はコネの中を泳ぐ競技なので、コネの法則にしたがって泳ぐしかない。

そして、名前を連呼することしかできない山内さんにかわって奮闘するのが自民党支部の人々なのだ。

選対本部の人々は「既得権益のカタマリ」かもしれないが、あぐらをかいている人はひとりもいない。山内さん以上に奮闘し、コネ社会を泳いで山内さんを売り込む。

党利党略もあるだろうが、好きでないとここまでやれない。かれらは選挙が好きなのだと思う。政治思想はみじんもなく、ひたすらコネがあるだけだが、しだいに味わい深い人たちに見えてくる。

山内君、今回は助けるけど、次は助けられないから自分で地盤を作りなさいよ

と口々に言い、心配もしている。

選挙っておもしろい

これを見て「悪しき自民党のムラ的選挙」だの、「小泉政権の暴挙」だのというのは簡単だが、汗をかいていない人間の空疎なことばだ。

ぼくみたいな世間知らずの青臭い人間からすれば、おもしろくて仕方がなかった。

この選挙は、日本を救わないだろう。
この選挙は、日本を変えないだろう。
だが、選挙っておもしろい。
夢中になっている連中っておもしろい

というのが正直な感想だ。


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