レタッチで作る世界観

カメラが好き、写真が好き…という人は多い。

しかし撮った写真に対する"レタッチ"については、意見が分かれる所だというイメージがある。「撮って出しの、何の手も入れてない写真こそがありのままの写真だ。撮影後の写真に後付けで何かすることは邪道に感じる。」という主張もわからなくはない。

ただフィルム写真だってプリントに出せば、指定しない限りは何らかの補正は入るだろう。それを考えれば、多少のレタッチが写真の何かを損なう…とは自分には思えない。むしろデジタルの場合は、仕上がりを店任せにするよりも。自分で手を入れてイメージに近づけ無補正でプリントする方が、表現としては誠実なのでは…と思ったりもする。

それに自分の場合、写真が本当に楽しくなったのは現像ソフト"Lightroom"を導入してからだった。

とはいえ人物写真の場合は、そこまで派手なレタッチはしない。

どちらかといえば、撮影環境に対する補助的な意味合いで使うことが多い。室内でシャッタースピードが稼げないから少しアンダー目で撮ったので明るさを補正する、陽射しが強くコントラストがきつすぎるから柔らかく仕上げよう…などで。色味やトーンにも多少は手を入れるが、現像時の軽微な補正やイメージ調整の範囲でおさまるレベルがほとんどだ。


ただ風景写真の場合は、もっとお遊び的にレタッチすることも多い。

自分にとっての風景写真は。あるがままにというよりは、内にあるイメージを心象風景を投影して描き出したいという気持ちがあるようで。絵の素養が全くない人間の、お絵かきの代替品としての写真…という要素が強いのかもしれない。

同じ写真でも、仕上げ方を変えると受ける印象が変わってくるのが楽しい。

より自分の中にあるイメージに近く、より自分の心の琴線に触れるように…そうやってレタッチを重ねていくのは実に楽しい時間だ。実際の塗り絵はまったくやらないけれど、もしかしたらこの作業と共通する楽しさがあるのかもしれない。

何を強調したいのか、どんなイメージにしたいのか。
文章と一緒で、自分に問いかけながらひとつひとつ手を入れていく。

あるがままを求められる写真もあるけれども、自己表現のツールとしての写真もあると思う。だって元は同じものでも、手の入れ方によってこれだけ雰囲気が違うのだ。

見たままの美しさを表したい、そういう時もあるけれど…それとはまた別に。そこから想起されたイメージを落とし込む、そういう写真だってあってもいいじゃないかと思っている。

どんな道具を使うのか、どう切り取るのか、どう向き合うのか、どんな意味を持たせるのか…それらと同等にどう仕上げるのかも、撮り手の個性の1つだろう。


とはいえ、あまりに手を入れると写真はくどくなる。

こんなこってりしたものばかり連続して並べられたら、飽き飽きしてくる…というのもそれはそれで本音だ。自分にとっては、派手なレタッチ写真はジャンクフードみたいなものなのかもしれない。

毎日だと飽きる。しかし、ついつい手が伸びてしまう魅力もある。
それが自分にとっての位置づけのようだ。

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広島で、大人から子供まで人物の出張撮影をしています。自然な情景を、その時間を…切り取って残したスナップ写真は、お客様だけでなく自分にとっても宝物。何かありましたら、ぜひどうぞ!

ユルリラム
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