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【人材育成】「イノベーション人材」を育てることは可能か?

2022年11月28日に行われた「第13回 新しい資本主義実現会議」において、「スタートアップ育成5か年計画」が決定されました。この中でも大きな3本柱の一つとして「スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築」が掲げられており、人材育成を持続可能な経済社会を実現するための重要課題として挙げています。

また、これまでもさまざまな企業で「イノベーション人材」を生み出すことを目的に人材育成プログラムが組まれています。

ただ、「イノベーション人材を育成する」と一口にいっても「イノベーション人材」とはどのような人たちを指すのでしょうか? 「イノベーター」という言葉もありますが、イノベーション人材とは違うのでしょうか? そもそもイノベーション人材を育てることでイノベーションは起こせるのでしょうか?

これらについて、Harvard Business Reviewの記事、"4 Types of Innovators Every Organization Needs"(翻訳記事:「イノベーションには、4段階のプロセスに沿って異なるイノベーターが必要だ」)(以降、HBRの記事)を参考に考えます。

イノベーターの4つのスタイル

実のところ、筆者は「人材」という言葉があまり好きではありません。人をわざわざモノ扱いしているように感じるのです。ただ、ビジネス文章の中では頻繁に使われているので、これを避けることはできません。

さて、一般的にイノベーションを起こす人はイノベーターと呼ばれますが、「イノベーション人材」は「人材」という言葉が使われていることからも、イノベーターとは少し違うニュアンスで使われているようです。

イノベーターについては研究も進んでおり、ある程度イメージがはっきりしています。まずはイノベーター像から探ってみましょう。

イノベーションの4プロセス

根本的な話に戻りますが、ここでいう「イノベーション」とは、1911年、オーストリア出身の経済学者ヨーゼフ・シュンペーターが「経済活動の中で生産手段や資源、労働力などをそれまでとは異なる仕方で新結合すること」と定義したとおりで、日本でよく混用される「技術革新」という意味は含みません。

イノベーションが起きるには、下記の4つのプロセスが必要だといわれています。

1. 問題の発見

現実の世界に触れ、実際に関わり、未解決のギャップや矛盾を知る。つまり、対処する価値がありそうな問題に気づく。

2. 問題のモデル化

問題を定義し、抽象的な分析によって、それを理解する。
そして、さまざまな要素、関係性、見識を統合し、一つまたは複数のソリューションの基礎を作る。

3. ソリューションの提案

最良のソリューションを実行するために、すべての可能な選択肢を体系的に検討する。

4. ソリューションの実行

新しいソリューションの実験を行い、その結果に基づいて調整を行う。

4種類のイノベーター

そして、「イノベーター」は、この各プロセスに合わせて4つのタイプに分類できるというのです。

ジェネレーター

第一のプロセス、問題の発見を行うのはこのタイプで、自分の直接経験したことから気付きを得ます。アイデアを出すのが好きで、経験の中から問題を発見し、自分のちょっとした気付きを手掛かりに高いレベル(high level)の課題を探り当てます。
(英文記事の "ideate" が翻訳記事では「観念化」と翻訳されていますが、"ideation"ではないので「アイデアを出す」というイメージがしっくりくるように思います)

ただ、この高いレベル(high level)というのがくせ者で、日本語で「高いレベル」というと、高品質であるとか、細部にわたって明確であるような印象を受けますが、ここでいう「高いレベル」というのは、あまり具体的でないとか、問題の詳細に立ち入らないとかいう意味で使われています。

コンピュータプログラムでもハードウェアに近い部分を「低レベル」、抽象化が進んでハードウェアによらない部分を「高レベル」と呼ぶことがありますが、そのイメージに近いでしょう。

つまり、ジェネレーターは、あれこれ問題を発見するものの、問題の詳細について調べたり、解決策を明確にしたりということには関心がないのです。

HBRの記事に「組織のすべてのレベルにおいて、ジェネレーターは稀有な存在」と書かれていますが、もちろんそうだろうと思います。企業の中で、問題点を指摘するだけで詳細に踏み込もうとしない人間は嫌われます。学校教育や普段の業務を通じて、このタイプの人間になるな! と、常に教育(強制 or 矯正)されているのですから、組織の中に生き残っているとすれば稀有な存在です。もしも、典型的な日本型企業にジェネレーターの特性を強く持った人がいれば、上司や同僚から排斥され辛い思いをしていることでしょう。

コンセプチュアライザー

第二のプロセス、問題のモデル化を行うのはこのタイプです。ジェネレーターと同じくアイデアを出すのは大好き。ただ、実際の経験よりも抽象的な分析を通じて問題を理解することを好みます。

ジェネレーターと明確に異なるのは、コンセプチュアライザーは問題を明確にモデル化することを好むところです。

コンセプチュアライザーもジェネレーターと同じく、組織の中では少ないようですが、"executives"になると比較的増えるようです。

確かに、「つまりこれは○○だね」といいたがるエグゼクティブマネジャー(執行役、統括部長)は多いイメージです。部長、課長クラスがこればかりいっていると部下から嫌われてしまいますし、非管理職の下っ端がいっても「だから何だよ」といわれるので、どうしても上層に偏るのでしょう。

オプティマイザー

第三のプロセス、ソリューションの提案を行うのはこのタイプです。オプティマイザーは、考えられるすべての代替案を体系的に調べることを好みます。

ジェネレーターやコンセプチュアライザーが出したアイデアを評価し、ソリューションを提案する役割です。

オプティマイザーは非管理職に多いようです。「たいていのソリューションが実行されるのは、組織の下位層であるため」と理由づけられています。

何かあると体系的に整理してくれるので、オプティマイザーの特性を持った部下がいると上司としては助かるのでしょう。このタイプは管理職になりたがらないのか、あるいは、良き部下として使われる傾向があるので出世できないのかもしれません。

インプリメンター

そして最後、第四のプロセス、ソリューションの実行を行うのがこのタイプ。多くの人がイノベーターをイメージするとき、インプリメンターの特長を思い浮かべるのではないでしょうか?

彼らは、新しいソリューションを熱心に(時にはあせりながら)実行し、実行してみた結果にもとづいてソリューションを調整します。

管理職にも非管理職にもそれなりにいるタイプのようです。企業の中でいわゆる「自走できる社員」というとこのタイプでしょう。人事が優秀とするのもたいていはこのタイプです。

4種類のイノベーターと共にイノベーションを起こす

HBRの記事では、社内で効率的にイノベーションを起こすために、社内に既にいる4種類のイノベーターたちをうまく配置し、それぞれの能力を発揮するようにインセンティブを与えるべきであると説いています。

また、一般にジェネレーターが少ないので、OJTによってジェネレーターとしての能力を高める方法が示されています。例えば、研究開発部門に採用された社員も営業部門を経験させるなど、問題の多い環境に身を置かせて問題に気付く経験をさせるのです。

さて、これまでは「イノベーター」についての話です。では、「イノベーション人材」とはどのような人たちでしょうか?

「イノベーション人材」とは?

まず、「イノベーション人材」という言葉をどのように捉えているでしょうか? 少なくとも筆者が関わった企業の新規事業推進部門の方々は、ほとんどの場合、インプリメンターをイメージしているようでした。

「イノベーション人材の育成」とは?

更に、「イノベーション人材の育成」といったときには、インプリメンターとして活動させると、自然に残りの3タイプの特性も身につくことを期待しているように感じます。4タイプすべての特性を適切なタイミングで発揮するスーパーイノベーターを生み出そうとしているのです。

こう定義すると、イノベーション人材の育成に関する取り組みの外形がおぼろげながら見えてきます。では、この取り組みは正しいのでしょうか?

HBRの記事では、更に興味深いことにも触れられています。Googleのハッカソンにフィールド実験を組み込んで、スタンドアップ ミーティング(アジャイル開発の基本要素とされている)がイノベーションに与える影響を調査したところ、スタンドアップ ミーティングはイノベーションを阻害するという結論に至ったというのです。(詳しくはこちら 英語 日本語

原因は、スタンドアップ ミーティングを行うことによって、チーム全体が実行段階にフォーカスしてしまい、アイデアの生成をしなくなったからだと分析されています。

つまり、スーパーイノベーターを生み出すことをイメージしながら、インプリメンターとして活動させることを強いてしまうと、ジェネレーターやコンセプチュアライザーのような、アイデアを出すことを好む特性は身につかないばかりか、むしろ、阻害されるのです。

「イノベーション人材」の再定義

もしも、社内でイノベーションを起こすために、イノベーション人材を育成したいと考えているのなら、まずはイノベーション人材を再定義すべきではないでしょうか。

「イノベーション人材」とは、1種類のスーパーイノベーターではなく、ジェネレータ、コンセプチュアライザー、オプティマイザー、インプリメンターという、別々の特性を持った人たちの集団と捉えるべきでしょう。

イノベーション人材の定義が変われば、自然に育成の仕方も変わるはずです。

「イノベーション人材の育成」も再定義する

スーパーイノベーターを生み出すために相反する特性を無理やり一人に押し込めようとするよりも、ジェネレータ、コンセプチュアライザー、オプティマイザー、インプリメンター、それぞれ個別の特性を持った社員を育成するという考え方に切り替えるべきでしょう。

「イノベーション人材の育成」に対する思考の切り替えができれば、もう一つ気付くはずです。オプティマイザーとインプリメンターは既に多くの企業の各組織に一定数存在しているのです。

つまり、「イノベーション人材の育成」とは、これまで企業が忌み嫌ってきたタイプの人たち、ジェネレータとコンセプチュアライザーを育成することに集中するべきなのです。

では、どうすればいいのか? それは、組織の中にオプティマイザーとインプリメンターが多いことをヒントにすればわかります。組織の中で認められれば、その特性を持った人は、自分の特性を伸ばしていけるのです。

ここまで割り切って考えることができれば、イノベーション人材を育成するためにできることはたくさんあります。何も研究開発部門の社員を営業部門に異動させたりしなくても、マネージャー(部課長)クラスの社員が日々の業務の中で少し気を使えばいいのです。

例えば、ジェネレーターがプロジェクトのゴールについて「こんなことやっても儲からないじゃないですか」と指摘してきたとき、

  • 「じゃあ、お前が代替案を持ってこい」と言わない。

  • 「文句を言うだけなら誰にでもできる」と言わない。

  • 「ブレーキを踏むばかりじゃ前に進まないんだよ」と言わない。

コンセプチュアライザーが「この問題って、つまりこういうことですよね」といったとき、

  • 「評論家はいらないよ」と言わない。

  • 「そんなことより、まずは手を動かせ」と言わない。

こういうことに注意して、インプリメンターこそが優秀であるという思い込みを捨てて社内の雰囲気を変えるのです。

そうすれば、社内にいる4種類の個性を持ったイノベーターたちが自分の特性を発揮できる、イノベーションの起こりやすい環境が醸成されるのです。

トップダウンの意識改革

イノベーターの4スタイルについて見ていくと、会社の中では、どうしてもインプリメンターが高く評価されがちですが、インプリメンターとジェネレータやコンセプチュアライザーの特性は相容れないところがあり、一人で複数の特性を持つのは難しいことがわかりました。

したがって、「イノベーション人材」に対する考え方を変え、マネージャーがジェネレーターやコンセプチュアライザーを認め、常に組織の中に抱えるように意識することが「イノベーション人材の育成」になるのです。

簡単なようですが、子供の頃から大人になるまで、ずっと目の前で否定され続けていたタイプの人を認め、自分の組織に意識的に抱え込んでいくのは、思いのほか難しいかもしれません。

社内の意識改革は、トップダウンで実行しなければうまくいかないと言われています。つまり、社内でイノベーションを起こすには、まず、トップ自身の意識改革が必要になるでしょう。

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