past.5 (Rose Garden:act.1 Girl's Talk)

バァン!
勢いよくドアが開く。

「ただいまー!帰って来たわよぉぉぉぉ!」
朝の光と共に鮮やかな声が響き渡る。
「お帰りなさいませ、お嬢様。ご無事で何よりです。」
「あら、アン!久しぶりね!ご子息はお元気かしら?」
「お陰様であちこち走り回っております。あの時、お嬢様がお医者様を手配して下さらなければ、今頃どうなっていたことやら…。このご恩は必ず…」
「もう!辛気臭いわよ!今が元氣ならそれでいいじゃない!」
彼女はにっこり微笑んでアンの肩をぽんと叩く。
「あ!じゃあ約束して?彼が素敵な青年になったら、その時私とお茶して頂戴。そしたらあの件はチャラよ。」
悪戯な瞳を使用人に向ける。
「…伝えておきます。嗚呼、なんという光栄!」
アンは聖母マリアを拝むように彼女を見つめる。
「きっとよ。紳士じゃなきゃ嫌よ。頼むわね♡」
ぱちこん、とウインクを飛ばす。語尾にハートマークが見える。


「アン…朝から騒々しくてよ。一体何事…」
階段からゆったりとした声が降りてくる。
「あ、ミシェル!!!!!会いたかったわ!ただいま!!!」
彼女は勢いよくミシェルに駆け寄る。

「ビ、ビアンカ…?」
「そうよ!久しぶり!元氣にしてた?いやぁ、やっぱり長旅は疲れるわね。はあ、疲れた。もう、くたくたよ!あ、そうそう、貴女にお土産が沢山あるんだけど…」
驚きと動揺を隠しきれないミシェルは、努めて冷静にこめかみを抑える。
「ちょ、ちょっと待って。理解が追い付かないのだけれど…。ビアンカってあのビアンカ?」
「他に誰がいるのよ。貴女の親友のビアンカよ。」
茶色がかった黒い瞳がらんらんと輝く。子供のようにミシェルを見つめる。
「で、お土産なんだけど…」
「…お土産?…」
ミシェルの青い瞳が潤んでいく。涙が今にもこぼれ落ちそうだ。細い肩が、彼女なりの怒りで震える。透き通るようなブロンドがわなわな揺れる。
「お土産ですって?そんなものどうでもいいわよ!ビアンカ!貴女、今までどこで何してたのよ!親友の私に一言も残さないで、急に一年も姿を消して!…私が…、私がどんなに心配したか分かってるの!?」
「…え、もしかして怒ってる?」
「もしかしなくても怒ってるわよ!」
「…ごめんなさい。うっかり忘れてて…。」
ビアンカは氣の抜けた笑顔を見せる。
はぁ、とミシェルは深い溜息を吐く。
「アン、お茶を入れて。ビアンカをお庭に案内して。」


………

爽やかなバラの香りで満たされた小さな庭。
乙女たちの秘密が、ここに詰まっている。
全てを知っているような風が吹く。


「さっきは大声を上げてしまってごめんなさい。だけど、私本当に…」
「いいのよ。心配かけて悪かったわね。」
「もう、会えないのかと思ったわ。」
「あはは!何言っているのよ!私はそう簡単に死なないわよ。」
「冗談でもそんなこと言わないで。こんなに連絡が無かったのは初めてだったから。」
青い瞳が強くビアンカを睨む。
「少し立て込んでいたの。忙しかったのよ。」
まるで反省なんてしていないであろう軽やかな口調で、彼女はニヤニヤマフィンに手を伸ばす。
「あら、美味しい。さすがアンだわ。」
「…で、一体何をしていたの?」
「まぁ、“アバンチュール”ってところね。」
「嘘。濁すのね。この私に隠し事するなんてズルいわ。」
「あら、淑女のミシェル嬢には珍しく勘が鋭いのね。ただ、今回はどうしても秘密よ。親友だから言わないの。」
ビアンカはケラケラ笑う。
「もう!馬鹿にしてるでしょ!」
ミシェルの頬が淡いピンク色に染まる。
「とにかく!少しだけ広い世界を見てきただけよ。楽しかったわ。人間はやっぱり愚かな生き物だって、再確認できたし。それに、Wi-Fiが通じなかったから連絡しなかっただけ。」
ミシェルは怪訝に眉をひそめる。
「Wi-Fi?貴女何を言っているの?それ何?大陸で流行っているドレスか何か?」
ビアンカは大きく目を見開く。ダークブラウンの利発な瞳が泳ぐ。
「あぁ…な、なんでもないわ。そ、そう!ドレスの着こなし方を…、あちらのマダム達はこう仰るそうよ。ははは!」
「そう。なんだか変な響きね。」
ビアンカはふぅ、と胸をなでおろす。

ミシェルがお気に入りのカップに手を伸ばす。
「貴女はいつも常識破りだわ。淑女らしくない。」
「そうかしら。」
「そうよ。私には出来ない。それがたまに羨ましいわ。そう、羨ましい、本当に。私には出来ないもの…。」
ミシェルは同じ言葉を繰り返しながら、その細い指でティーカップのふちをなぞる。伏せた睫毛に憂いが帯びる。
「ふーん…。」
ビアンカの流し目が光る。鋭さが際立つ。

「私はいつだって自分の心と神様の意図に従っているだけよ。」
ビアンカもカップに手を伸ばす。ミシェルがクスリと笑う。
「ふふふ、貴女が“神様”だなんて笑ってしまうわ。可笑しいこと!信じてないくせに。」
「そうね。でも、“下世話なお茶会”をステータスと信じてやまない紳士淑女の皆々様、より貴女のいう“神様”の方がよっぽど善良よ。そもそもドレスが田舎臭くて、たまったもんじゃないわ。いつの時代のぼろきれをお召しになってるのかしら。」
ミシェルが笑う。バラの香りが優雅に漂う。
「ふふふ!可笑しいわ!本当に!ビアンカ、貴女の言う通りよ!あはははは!」
「あら、笑いすぎよ。貴女こそ淑女らしくないわ。」
ふふふん、とビアンカは笑う。黒い艶髪がキラキラ光る。


*to be continued.......

憂鬱な月曜日が始まる前に、私の記事を読んで「あ、水曜日くらいまでなら、なんとか息出来る気がしてきた」と思っていただけたら満足です。サポートしていただいたら、大満足です。(笑)