【書評】小林淳『新版 伊福部昭の映画音楽』(ワイズ出版、2019年)

2019年5月31日、小林淳さんの著書『新版 伊福部昭の映画音楽』がワイズ出版から上梓されました。

本書は、小林さんが著し、井上誠氏が編者として名を連ねた『伊福部昭の映画音楽』(ワイズ出版、1998年)を再編集、改稿し、1998年以降の伊福部昭の活動と伊福部を取り巻く状況の変化を追補し、ワイズ出版映画文庫の1冊となったものです。

合計686ページからなり、1919年から1990年代後半までの70年以上にわたる伊福部の写真や直筆の総譜、さらに音楽を提供した映画作品の一こままで多数の図版を収録している点は、本書の大きな魅力の一つです。

また、1947年に初めて音楽を作曲した『銀嶺の果て』(監督:谷口千吉、製作:東宝)から最後の提供作となった『ゴジラvsデストロイア』(1995年、監督:大河原孝夫、製作:東宝映画)まで、48年の間に300本を超える映画音楽を書いた伊福部の足跡を編年体で俯瞰しそれぞれの時代の代表的な作品から独立系製作会社の作品、さらに教育映画や学術映画までを取り上げ、各作品の音楽の構造や特色を丹念に分析する様子からは、筆者の綿密な調査の成果が本書に惜しみなく注ぎ込まれていることを読者に教えます。

その際、著者が重視するのは、伊福部が唱えた「映画音楽効用四原則」です。

「映画音楽効用四原則」とは、(1)映画が表す感情を音楽で喚起させる、(2)場所と時代の設定を音楽で表現する、(3)物語の連続(シークエンス)を音楽で表現する、(4)映像自体が求める音楽に呼応する、という4点です(本書154-158頁)。

映画音楽を書く際に伊福部が常に肝に銘じてきたとされるのが「映画音楽効用四原則」であるだけに、本書では繰り返しこれらの項目が登場し、四原則に則って作品の分析が行われています。

これにより、伊福部の映画音楽作品の分析に一貫性が生じるとともに、分析された各作品の間の関連性や異同が明らかになったことは、本書の重要な成果の一つと言えるでしょう。

あるいは、伊福部の創作活動の中で、映画音楽と器楽・管弦楽作品、すなわち本書における純音楽とが不即不離であることを、バレエ音楽『人間釈迦』(1953年)、映画『釈迦』(1961年、監督:三隈研次、製作:大映)、そして交響頌偈『釈迦』(1989年)へと至る経緯、あるいは1954年に始まった映画『ゴジラ』の連作や『地球防衛軍』(1957年、監督:本多猪四郎、製作:東宝)などの特撮映画と『SF交響ファンタジー』第1番から第3番(1983年)の関係などを参照しつつ明瞭に描いたことも、本書の視野の広さを示します。

一方、伊福部の映画音楽を作品に即して分析するだけでなく伊福部に内在化する形で検討する手法が、特に第9章から第12章及び付章において著者の考察と感想との境目を曖昧にする傾向を示したこと、あるいは映画『ゴジラ』(1954年、監督:本多猪四郎、製作:東宝)や「映画音楽効用四原則」などの重要な作品や概念が繰り返し登場することで、一部に表現の冗長さが認められたことなどは、本書にとって容易に目につく改善を要する点でると言えるでしょう。

それでも、伊福部の家系を辿り、人となる過程における北海道での体験が映画音楽や器楽・管弦楽作品に与えた影響を詳らかにするだけでなく、作曲家、教育者、研究者としての多様な相貌を総合的に評価しようとした本書の試みは、伊福部が日本の映画の発展に与えた影響だけでなく、交響管弦楽の分野における存在の大きさをも、実証的に明らかにしています。

その意味で、『新版 伊福部昭の映画音楽』は映画音楽を通して伊福部の姿を、われわれ読者の目の前にありありと蘇らせる、良書と言えるのです。

<Executive Summary>
Book Review: Atushi Kobayashi's "Ifukube Akira and His Film Music" (Yusuke Suzumura)

Mr. Atsuhi Kobayashi published a book titled Ifukube Akira and His Film Music from Wides Publishing on 31st May 2019.

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