【新譜評】CD『早坂文雄の軌跡』(Salida、2023年)

去る8月16日(水)、CD『早坂文雄の軌跡』(Salida)が発売されました。

交響管弦楽、映画、アニメーションなど、多くの分野で優れた作品を発表し、戦後の日本の楽壇を牽引する存在であったものの、突発性肺気胸のために41歳で長逝したため、その音楽が広く知られているとはいいがたいのが早坂文雄です。

一般的な知名度という点で早坂が見劣りするのは、同年にともに北海道で生まれ、新音楽連盟を結成し、盟友ともいうべき存在であった伊福部昭が多くの人々に広く知られる存在であるにもかかわらず、生誕100年となった2014年に開催された早坂を記念する公演が伊福部に比べて著しく少なかったことが示す通りです。

そのような中で、今回、2015年10月10日にミューザ川﨑シンフォニーホールにおいて行われた、早坂の没後60年を記念する東京交響楽団の公演「現代日本音楽の夕べ」の第18回の実況録音がCD化されました。

指揮は、東京響と東京芸術劇場を会場として「大友直人プロデュース」を開催するなど、企画力には定評のある大友直人であり、収録されているのは映画『羅生門』から「真砂の証言の場面のボレロ」、交響的童話『ムクの木の話し』、そして交響的組曲『ユーカラ』の3曲です。

早坂は、黒澤明が監督した映画への附随音楽を手掛けるとともに、溝口健二の『雨月物語』や『近松物語』の音楽も作曲しており、1939年の山本薩夫の『リボンを結ぶ夫人』から1955年の『生きものの記録』まで、50本を超える映画に音楽を提供しています。

その中でも、代表作ともいうべき『羅生門』を取り上げたことは、「映画音楽をバレエ音楽の域にまで高めたい」と考えていた早坂の姿をよく示すものです。

また、戦後の日本初の教育用アニメーション映画となった『ムクの木の話し』は、東京響の前身である東宝交響楽団が1946年に録音し、1947年に封切られたものの、その後再上映も音楽のみの演奏もない作品でした。それだけに、録音から69年を経て演奏会で取り上げられたことは、早坂の音楽にとってだけでなく、映画そのものにとっても意義のある取り組みでした。

そして、絶筆となった『ユーカラ』は、早坂が生まれ育った北海道の先住民であるアイヌの世界を背景としつつ、サティやドビュッシーらの音楽と東洋的な心性を融合させて独自の教育を開拓した早坂の音楽が最もよく示されている作品で、「汎東洋主義」と称されるその音楽観の枠組みに留まらない、繊細さと雄渾さを兼ね備えた1曲です。

これらの作品が充実した演奏と最新の録音技術によって市販されたことの意義ははかり知れません。

2024年の生誕110年、2025年の没後70年に向けて、早坂文雄はますます注目されることでしょう。

その時、CD『早坂文雄の軌跡』は、やはりSalidaレーベルが2022年に発売し、早坂の肉声を現在に伝える唯一のCDである『早坂文雄と芥川也寸志の対話』とともに、早坂文雄をよりよく知るために不可欠の1枚となるのです。

<Executive Summary>
CD Review: "Works of Humiwo Hayasaka" (Salida, 2023) (Yusuke Suzumura)

A CD "Works of Humiwo Hayasaka" was released by Salida on 16th August 2023. It is a remarkable and essential CD for us to understand the music and philosophy of Fumio Hayasaka with outstanding performance of the Tokyo Symphony Orchestra conducted by Naoto Otomo.

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