『クラシック音楽館』の特集「人間・ベートーヴェン」が番組と視聴者にもたらした大きな成果

昨日、21時から23時まではNHK教育テレビで『クラシック音楽館』を視聴しました。

今回は「人間・ベートーヴェン」と題し、稲垣吾郎さんを司会とし、指揮者の広上淳一さんと作家の柴崎友香さんとの対談とマリス・ヤンソンスの指揮によるバイエルン放送交響楽団の演奏などが放送されました。

番組の前半は広上さんによるベートーヴェンの交響曲第3番の演奏とベートーヴェンの人となり、そして音楽の特徴の解説であり、後半は柴崎さんを迎え、ベートーヴェンと恋の関係や男女の機微が、ベートーヴェンの自筆の手紙「不滅の恋人」の紹介とともに検討されました。

稲垣さんと広上さんとの対談では、普段はあまり聞けない「指揮者の声」が全国の視聴者に伝えられたという点でも意義深いものと言えました。また、稲垣さんがチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」を例に挙げながら交響曲における第2楽章の持つ役割を広上さんと議論した場面は、台本に指定された内容であるかも知れないものの、稲垣さんの勉強家ぶりの一端が推察されるところでした。

一方、柴崎さんの対話においては、稲垣さんが主演した舞台『No.9』でのベートーヴェンとヨゼフィーネの場面を織り交ぜられ、さらに稲垣さんによる「不滅の恋人」の一節の朗読もあるなど、趣向の凝らされたものでした。

ところで、番組内で紹介されたベートーヴェンの作品は、2012年11月26日にサントリーホール 大ホールで実況収録された、マリス・ヤンソンス の指揮によるバイエルン放送交響楽団による交響曲第3番「英雄」と、4曲のピアノ作品でした。

交響曲については、最後まで弛緩しない演奏は聞きごたえがあるとともに、やはりベートーヴェンは客席で聞くのもよいものながら、実際に演奏することで音楽の喜びを実感できる作曲家であると改めて思われた次第です。

また、ピアノ曲については、番組の冒頭ではアンドラーシュ・シフによるピアノ・ソナタ第30番第2楽章が取り上げられ、その後もロナルド・ブラウティハムの『エリーゼのために』、マレー・ペライアのピアノ・ソナタ第23番第3楽章、レイフ・オヴォ・アンスネスによるピアノ・ソナタ第14番第1楽章が放送され、特集として組まれた番組に花を添えていました。

ところで、番組の終盤に再び登場した広上さんは、稲垣さんとの対談の終わりに「ベートーヴェンの役をこれからも」と水を向けました。

これに対し、稲垣さんが「一生続けて行きたいと思います」と力強く答えた様子は、半ば茶気に富むものではありました。

しかし、先日のTOKYO FMのラジオ番組"THE TRAD"の中で舞台『No.9 』の再演があるとは思わず、大変に嬉しいことだ、という趣旨の発言をしていた稲垣さんだけに、あるいは偽らざる決意の表明であったかも知れません。

『クラシック音楽館』は一つの作品の演奏や演奏会を編集することなく放送することを特長とする番組です。

その様な番組の性格からすれば、ベートーヴェンの交響曲第3番を第1楽章と第2楽章、そして第3楽章と第4楽章に分けて放送し、その間に出演者同士の対話や他の作品を挿入したことは、異例のことでした。

ただ、2020年がベートーヴェンの生誕250年にあたることを記念した特集として放送されたことを考えれば、こうした特別編成の持つ意味は決して小さくないことでしょう。

何より、広上さんとの対談を終え、「番組を通してベートーヴェンの音楽をより多くの人に知ってもらえたら嬉しい」という趣旨の発言をする稲垣さんの姿からは、少しの緊張感と大きな達成感が見て取れました。

それだけに、「人間・ベートーヴェン」という副題の付いたこの日の『クラシック音楽館』において、誰よりも「人間的」であったのは、もしかしたら稲垣吾郎さんであったかも知れないことを考えれば、今回の試みは番組そのものにとっても視聴者にとっても大きな収穫となったと思われたところです。

<Executive Summary>
A TV Programme "Classical Music Hall" Offered an Important Opportunity to Expand the Range of Audiences (Yusuke Suzumura)

A TV programme Classical Music Hall broadcasted by NHK Educational featured performances and dialogues among Mr. Goro Inagaki and Mr. Junichi Hirokami, and Ms. Tomoka Shibasaki on 20th September 2020. It has a remarkable challenge for the programme to expand the range of audiences.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?