『クラシックの迷宮』の「小澤征爾研究」第1回目が示す「小澤開作を通してみる小澤征爾」という試みの重要さ

今日のNHK FMの『クラシックの迷宮』は「小澤征爾研究(1)小澤征爾と小澤開作」と題し、今年2月6日に88歳で逝去した小澤征爾さんの父で戦前は中国東北部で活躍した小澤開作に焦点が当てられました。

「小澤征爾研究」の第1回が小澤開作というのは一見すると奇妙に思われます。

何故なら、小澤開作は歯科医であり、中国東北部の長春にいた1931年の満州事変を境に日本の満洲政策に深く関わるようになったものの、開作自身は音楽家でも音楽活動と深く関わったわけでもないからです。

しかし、音楽史だけでなく政治史や思想史にも通暁する司会の片山杜秀先生は、小澤開作の中国東北部での活動そのものに注目することで、現地の人たちの宣撫工作や教化活動の中に音楽が含まれることに着目します。

そして、一方では板垣征四郎や「常識外れの陸軍軍人」である石原莞爾といった関東軍の幹部との交流を描きつつ、他方では中国側の人々の反応を辿ることで、五族協和の王道楽土たる「満洲」の地に基盤を持った小澤開作と音楽の関係が明らかにされてゆきました。

例えば「儒教の礼楽の思想を現代に蘇えらせる」ことを目的として江文也が作曲した『孔子廟の音楽』(1940年)を小澤開作が結成した中華民国新民会の「日中親善」と「大東亜新秩序」の取り組みの成果の一つとして取り上げる様子などは、小澤開作の政治運動が実際の文化活動に与えた影響を知るために重要な手掛かりを与えます。

あるいは、小澤征爾さんの名前が板垣征四郎と石原莞爾からそれぞれ1文字をもらい受けて名付けられたものであり、アジアを束ねる政治運動家となることを期待されたという経緯を踏まえつつ、その活動が政治運動ではなく指揮者として世界の人々と音楽を繋ぐものになったことを指摘する様子は、小澤征爾さんが音楽家であったことの意味を考える上でも示唆に富むものでした。

そして、文化大革命が終焉し、鄧小平が最高指導者となった1978年に中国を訪問した小澤征爾さんが中央楽団を指揮して演奏会を開いて以来中国の音楽界と深く関わったことも、父である小澤開作が戦前に民族主義者として中国東北部で行った様々な活動への贖罪の意識が強く働いていたとすることで、音楽における父と子の関係を明瞭に析出することに成功しました。

このように、小澤開作の戦前の活動を補助線として引くことで小澤征爾さんと中国の音楽界との関係の背景を解き明かすだけでなく、社会情勢と音楽活動の関わりを実証的に示す様子は、様々な分野を横断して番組を組み立てる『クラシックの迷宮』ならではです。

そして、片山杜秀先生には今回から始まった特集「小澤征爾研究」をぜひとも著作としてまとめ、刊行されることが期待されます。

<Executive Summary>
The Featured Programme of the "Labyrinth of Classical Music" Shows Deep Relationships between Social Issues and Cultural Activities with the Case of Kaisaku Ozawa (Yusuke Suzumura)

The NHK FM's programme "Labyrinth of Classical Music" featured Dr Seiji Ozawa and his artistic activities through the lens of Kaisaku Ozawa, the father of Dr Ozawa. It was a remarkable challenge for us to understand deep relationships between social activities of Kaisaku Ozawa and its influence to Dr Ozawa.

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