【書評】小山俊樹『五・一五事件』(中央公論新社、2020年)

去る4月25日、小山俊樹先生の新著『五・一五事件』(中央公論新社、2020年)が刊行されました。

本書が描くのは、1932(昭和7)年5月15日に三上卓ら海軍の青年将校や陸軍の士官候補生らが犬養毅首相を官邸で射殺し、立憲政友会本部、日本銀行、三菱銀行、警視庁などを襲撃、茨城県の私塾である愛郷塾の塾生による農民決死隊が変電所を襲撃したいわゆる五・一五事件について、事件の詳細、三上や古賀清志らが行動を起こした経緯、さらに事件の発生が政党政治に与えた影響や関係者のその後の足跡です。

1936(昭和11)年に起きた二・二六事件に比べて、事件そのものだけでなく関係者に関する研究も乏しい五・一五事件について、各種の史料及び資料を渉猟した本書は、海軍青年将校に焦点を当てて本格的に検討するという従来の研究と一線を画す試みを行います。

その結果、五・一五事件は大正時代以来の国家改造運動の延長にあり、犬養自身の言動が直接の原因ではないこと(本書35-70、197頁)、犬養の後継の首班に斎藤実が就任したことで政党政治が中断した理由は首相の選定に与った西園寺公望が「首相は人格の立派なる者」などの昭和天皇の「希望」を重視した結果であること(本書155-159頁)、そして五・一五事件の公判に際して全国各地で減刑嘆願運動が高まった背景として、政治への介入を強める陸軍の思惑と貧富の差に起因する国民の「特権階級」に対する反発があること(本書201-203、209-220頁)が明らかにされました。

特に、三上や古賀、あるいは井上日召といった五・一五事件の中心人物に大きな影響を与え、第一次上海事変に従軍し、1931(昭和6)年に上海上空で戦死した藤井斉の人となりと行動を丹念に描写することで、事件における藤井の存在の重要さを示したことは、本書の特長と言えます。

また、五・一五事件の関係者の多くが戦後も生き延び、それぞれの道を歩んだこと、あるいは主要人物の一人であった古賀が1997年に没していることなどは、五・一五事件が単なる過去の出来事ではなく、実は現在にもつながる出来事であることをわれわれに教えます。

何より、被告となった海軍青年将校らを「赤穂義士」になぞらえ(本書201頁)、1933(昭和8)年5月16日に事件記事の差し止めが解除された際に「行為はともかく動機は純粋とする」という陸海軍側の意図(本書174-179頁)を支持する国民の姿、そして被告の犯行を「憂国の至情」(本書215頁)によるものとして古賀、三上、黒岩勇の3人に求刑された死刑を有期刑に減刑した可軍の軍法会議のあり方は、注目に値します。

すなわち、民間側の被告が厳罰に処されたことを考えれば、1895(明治28)年に李氏朝鮮の高宗の王妃である閔妃の殺害を主導した三浦梧楼が免訴放免となったこと、1928(昭和3)年の張作霖爆殺事件の真相がうやむやになったことに繋がる、「動機が適切と思われれば、軍人の行為の結果に対する責任は不問に付される」というある種の悪しき慣習が五・一五事件の軍人に対する判決の中にも認められることが推察されるのです。

このように、『五・一五事件』は、事件の前後のみだけでなく、戦後にまで視野を広げて俯瞰的に眺めることによって、五・一五事件の意味を立体的に描き出した好著と言えるでしょう。

<Executive Summary>
Book Review: Toshiki Koyama's "The 15th May Incident" (Yusuke Suzumura)

Professor Dr. Toshiki Koyama of Teikyo University published a book titled The 15th May Incident from Chuokoron-shinsha on 25th April 2020.

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