「岸田文雄首相襲撃事件」に対してわれわれはどのように向かい合わねばならないか

4月15日(土)に起きた、岸田文雄首相を襲撃した事件は、現在和歌山県警察本部が逮捕された容疑者の動機の解明に取り組んでいます[1]。

昨年7月8日(木)に発生した安倍晋三元首相襲撃事件はもとより、政治活動を暴力によって封じ込めようとすることは断じて許さるものではありません。そのため、当局には予断を排しつつ、入念な捜査を行うことで真相の究明を行うことが求められます。

それとともに、元首相と現任の首相とが9か月のうちに相次いで襲撃されるという戦後の日本ではこれまでなかった出来事が起きたという点は、看過できない事実です。

過去に遡れば、例えば1868(明治元)年に明治天皇が京都から江戸城に行幸した際、泉岳寺に勅使を派遣して赤穂浪士の例弔ったことは、一面において主人への忠節を尽くす武士の姿を讃えることで新たな政権への武士階級の求心力を高める措置であったとともに、他面においては目的のためであれば法に背く手段を用いたとしても問題はないという誤った呼びかけを発するものでした。

あるいは、1895(明治28)年の閔妃殺害事件において、駐朝鮮公使の三浦梧楼ら事件に関与した者は、起訴されたものの最終的に免訴となっており、やはり国威の伸長をもたらす行為であれば手段を問わないという誤った前例を作りました。

こうしたことが、後の血盟団事件や相沢事件、五・一五事件、あるいは二・二六事件など目的のために手段を選ばない陰惨な事件を連鎖的に引き起こす事態の遠因をなしたと言えます。

もとより戦前の政治体制や社会構造と現在の日本の状況とを安易に比較することは慎まねばなりません。

しかし、過去に参照すべき事例があるとき、何故正しからざる出来事が起きたのか、どうしてそれらの出来事を防ぐことが出来なかったかを考えることは、決して無駄ではないでしょう。

それだけに、岸田首相への襲撃事件を受けて、われわれは改めてたとえどのような主義主張があるとしても暴力によって政治活動を妨げようとする試みを許すことはないという基本的な事柄を思い起こし、一人ひとりがその意味を考えることが重要な取り組みとなります。

その意味で、今回の出来事で問われていることの一つは、非常の事態に対してわれわれがどのような考えをもって向かい合い、いかにして誤った対応を取らないようにするかという点なのです。

[1]首相演説会場で爆発. 日本経済新聞, 2023年4月16日朝刊1面.

<Executive Summary>
What Is a Meanig of the Attack Incident on Prime Minister Fumio Kishida? (Yusuke Suzumura)

Prime Minister Kishida was attacked by a smoke candle at Saigasaki Port of Wakayama Prefecture and evacuated safely on 15th April 2023. On this occasion, we examine a meaning of the incident for us to maintain a democratic society in Japan.

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