司会に人を得て節目の年にふさわしい企画となった『クラシック音楽館』の「ベートーベン特集」

昨日は、21時から23時までNHK教育テレビの『クラシック音楽館』において、「ベートーベン特集」の最終回「「第9」歓喜への扉を開こう」が放送されました。

今回は、9月20日(日)、10月18日(日)に続き、稲垣吾郎さんの進行により、指揮者の広上淳一さんを迎えて行われました。

番組内で取り上げられたのは、1979年9月にレナード・バーンスタインの指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏により行われたベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」の実況録画で、独唱はソプラノがギネス・ジョーンズ、アルトがハンナ・シュヴァルツ、テノールがルネ・コロ、バリトンがクルト・モル、合唱はウィーン国立歌劇場合唱団でした。

番組では、第1回に続き、稲垣吾郎さんが聞き手となり、指揮者の広上淳一さんが「合唱付き」の構造と魅力、そして交響管弦楽の歴史に与えた影響を紹介しました。

広上さんは、「合唱付き」の解説の中で、当時は「禁じ手」であった交響曲に声楽を取り入れたのはベートーヴェンの独創性のなせる業であるという趣旨の指摘を行いました。

確かに、ハイドンやモーツァルトにおいては交響曲と声楽は個別の分野に属しており、両者の融合は試みられませんでした。

その一方で、これまでにない試みと初演からしばらくの間は構想の壮大さに比べて演奏の不十分さという背景から、「合唱付き」が「分かりにくい作品」と思われていたのも事実です。

また、この「禁じ手」である「合唱付き」の中に器楽音楽と声楽との総合を認め、それによって器楽音楽の使命と発展の終わりを認めたのがワーグナーでした。

ワーグナーはベートーヴェンの事績を踏まえて未来の総合芸術作品の確立を目指しました。ワーグナーの作品のみが取り上げられるバイロイト音楽祭において唯一他の作曲家の作品として取り上げられるのが交響曲第9番「合唱付き」であることを考えても、ベートーヴェンが後世の音楽家に与えた影響の大きさが分かります。

広上淳一さんが「合唱付き」を「究極の美」と評したことは、実に至言であるとともに、ベートーヴェンが交響曲に精神性という新しい要素を与え、従来の器楽曲の一つの形式から作曲家が生涯をかけて取り組むものへと変容させたことをわれわれに思い起こさせます。

ところで、今回の放送の見どころの一つであった稲垣吾郎さん「合唱付き」の第2楽章を広上淳一さんの鍵盤ハーモニカに合わせて叩く様子は、稲垣さんの手首がやや硬かったもののティンパニの打面の手前を叩き、深みのある音が出されており、大変に印象的でした。

しばしば初学者がティンパニの打面の中央を叩いてしまう中でしっかりと手前を叩けたことは、NHK交響楽団の首席ティンパニ奏者である久保昌一さんの指導の成果であろうと考えられるとともに、稲垣吾郎さんの音楽的な感性の鋭敏さを改めて実感させるものです。

3回にわたり、時に新しく得た知見に驚きの表情を見せ、時に芸術に対する造詣の深さを示した稲垣吾郎さんの姿は、第2回の指揮に挑戦する様子や今回の取り組みと合わせ、「ベートーベン特集」が稲垣さんを司会者に迎えたからこそ成立した企画であったことを改めて印象付けました。

『クラシック音楽館』が「一つの演奏会をすべて放送する」という番組の特長を変更する形で取り組んだ3回の「ベートーヴェン特集」は、司会に人を得たことで、「生誕250周年」という節目の年にふさわしい内容となったと言えるでしょう。

<Executive Summary>
A TV Programme "Classical Music Hall" Offered an Important Opportunity to Expand the Range of Audiences (III) (Yusuke Suzumura)

A TV programme Classical Music Hall broadcasted by NHK Educational featured performances and dialogues among Mr. Goro Inagaki and Mr. Junichi Hirokami on 6th December 2020. It has a remarkable challenge for the programme to expand the range of audiences.

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