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ミネソタ州旗のデザイン変更にみる新たな旗章学

昨年末に書いておいてそのままになっていた米国のミネソタ州旗のこと。

途中経過のままで放置するのは気持ちが悪いので続報を書いておく。

前回書いていたように、ミネソタ州議会の州章・州旗の変更に関する専門委員会(State Emblems Redesign Commission)で最終候補が絞り込まれた。その後デザインの微調整がおこなわれて、最終的な新州旗が決定した。あとは州議会での承認を経て5月11日に正式に掲げられるのを待つのみ。

公式サイトより、最終選考で選ばれたデザイン。

6点の候補が選ばれた時点で透明性に疑義をだされることがあったからなのか、ネットでも報道でもデザイン修正の様子が伝えられ、現在は会議の録音などほぼすべての記録が公開されている。ファイナリストの作品をベースにして配色を変えたり星の形を変えたりの試行錯誤。こうした様子がほぼリアルタイムでわかるのはいかにも現代らしい。

早い段階で出された計画表タイムラインでは年始に最終的なデザインが公表されることになっていた。しかしながら、ほぼリアルタイムでの情報公開に、その計画の期日はあまり意味をなさなくなっていた。

新州旗デザインはいち早くニュースになったものの、予定を待たずして流れてくる情報に、果たして信憑性の担保はあるのかと不安になる。情報の透明性と速報性はいかにも現代的だけど、信憑性を気にしながら受け取るのもまた現代らしい。

結果は年末に報道されたとおりで間違いはなかった。

従来のやり方ではボツになったデザインが衆目にさらされることなどありえなかった。ボツデザインも含めて、委員会のやりとりがソーシャルメディアを通じて公開される。これは旗がデザインされる過程もがこれからの旗章学で扱う対象になることを意味する。情報がある以上、完成したデザインからのみではわからなかったことがわかるかもしれない。

デザインが検討される過程を見ていると3色ストライプの配色と星の形状にかなり時間が割かれていたようだ。あとはホイスト(旗竿)側の暗いブルーのK字型変形五角形の形状。

せっかくだからそうした情報からデザイン修正の背後にありそうなことをかいつまんでみよう。

先に述べたように、最終選考に残ったデザインはほどなくしてデザイン修正のテーブルにあがった。

まず議論されたのはフライ側のストライプ部分。選ばれたオリジナルデザインでは上から白緑青だった。落ち着いたトーンなのでクールな印象だ。それぞれの色についての意味はとくに示されてはいなかったけれど、この配色はミネソタ州の風景すなわち寒空と大地と湖沼や川を連想させる。

MPR news の報道資料より。3色だけでなく、2色も1色も考えられていた。

このときネットで共有されていたのはストライプ部分の色が明るくなり順番が変えられたバージョン。方位磁針を模して州のモットーである北極星を表していた八角星は、突起が均等に変えられて金米糖のようになった。

12月15日付けで公表された修正案。State Emblems Redesign Commission ウェブサイトより。

この星の形状はほかの応募作品にも見られたもので、ネイティブアメリカンの人びとの衣類などにある意匠がベースになっている。

コロラド州立歴史博物館で撮影したユート族の旗。地域は違っても菱形を基本にした模様は北米先住民の文化に共通している。

ストライプの配置と色味が変わった理由はよくわからない。しかしこのデザイン修正案は、委員会のなかでも評判が良くなかったのか、引き続き検討されることになった。

このデザイン、とくに青白緑のストライプはある旗に似ている。プントランドの旗だ。

『世界の国旗・国章歴史大図鑑』(苅安望著、2017年、山川出版社)より

プントランドはアフリカのつのにあるソマリアの一地方。アフリカの角とは、アフリカ大陸の北東部に突き出た地域を指し、おおむねソマリア、ジブチ、エチオピアあたりの国ぐにが位置している。

上記の引用画像にある説明のとおり、ソマリアという国は1991年以降、事実上崩壊し無政府状態に陥っている。北西部のソマリランドは完全独立からのソマリア統一を標榜しており半独立状態。その東側に隣接するのがプントランドで、独立政府を持ちながらもソマリア連邦の一員でいることを望んでいる。そんなプントランドとソマリランドとの間で紛争が続き、多くの難民が出ている。

プントランド・ソマリランド紛争(ソマリア内戦)の難民が世界で最も多く集まっている土地こそ、じつは米国のミネソタ州なのだ。州の最大都市ミネアポリスには10万ものソマリ人が暮らしているという。地方政治ではけっして無視できない規模だ。州内のセントルイスパーク市では、昨年ソマリ人の市長が誕生している。

そうした背景を考えると、青白緑のストライプはソマリアすなわち紛争当事国プントランドからの難民を意識したデザインととられても仕方がない。州内の特定の人びとに利害関係がありそうなデザインは仮に他人の空似だったとしてものちのち問題になりかねない。

4日後にふたたび委員会が招集され、最終的にストライプ部分は明るい青一色にあらためられた(見出し画像、公式サイトより拝借)。オリジナルデザインから離れた大胆なデザイン変更だった。

公式サイトより、新州旗の最終デザイン。

ホイスト(旗竿)側の暗いブルー部分、このK字型変形五角形はほかの旗には見られないユニークな形をしている。じつはこの部分はミネソタ州の地図に対応している。

ウィキペディアより、赤く塗られた領域がミネソタ州。

暗いブルーの形状をこの州の形にどれほど近づけるのかも議論されたことと思われる。上下が非対称になったデザインの候補が張り出されている写真があった。

ふたたび MPR news の報道資料より

星の位置も幾とおりか検討された様子がうかがえる。州都セントポール市の位置とは違っているけど、どこか象徴的な位置に星を置くことが議論されたのかもしれない。いや、単に非対称にした場合に収まりの良いところに置いていただけか。

星の向きも投票によって決められたようだ。突起のひとつが真上を向き、方位磁針を模したオリジナルにちょっと近づいた。

みたび MPR news の報道資料より

なお、この八角星のデザインは先住民の意匠であるだけでなく、4つのMの字を組み合わせたものだという。Mはもちろんミネソタ(Minnesota)のM。ちょっと日本の自治体章の語呂合わせデザインに近い感覚だけど、日本の場合は数まで語呂合わせにするので一枚上手だ。たとえば福島県福島市の旗は9つのフと4つのマで「フクシマ」になっている。他言語ではなかなかできない芸当である。

『日本「地方旗」図鑑―ふるさとの旗の記録』(苅安望著、2016年、えにし書房)より福島市旗

選考のプロセスもだろうけど、候補が決まったあとのデザイン修正のプロセスにこそ、旗章学の知見が求められる。

前回書いた“良い旗”と“悪い旗”がいつも正しいかどうかはさておき、最近の潮流ではシンプルかつ的確にコミュニティのアイデンティティとメッセージを象徴するデザインにたどり着く必要がある。そのためには多くの事例を参照できなくてはならない。さきほど書いたソマリア難民にかかる問題も、プントランドの旗と内戦について理解していなければ気がつかないポイントだろう。

星の形状に込めた先住民の意匠は、多くのネイティブアメリカンのコミュニティの旗などにも取り込まれている。数年前に変更されたミシシッピ州の旗にも菱形で構成された五角星として取り入れられている。

そうした事例を把握していなければ、先住民の意匠を損なわずにデザインに取り込むことはむつかしそうだ。

なお、暗いブルーと明るいブルーの取り合わせは、豊富な水資源をかかえるミネソタ州ならではの配色だ。水は“ミネソタ”という名称の由来にもなったダコタ族の言葉にも関係がある。ミネソタ州旗とほぼ同時に変更されたミネソタ州章には、ダコタ語で「Mni Sóta Makoce」と書かれている。

公式サイトより新州章

これは報道によると「澄んだ水の土地」を意味し、「我々ダコタは空を映す(ほど澄んだ)水面のある場所を好む」と解釈できるのだという。この新州章とあわせて見ると、より新州旗の配色の意味が見えてくる。

シンプルに生まれ変わったミネソタ州旗。“良い旗”と“悪い旗”を提唱している北米旗章学協会のテッド・ケイ氏は手放しで絶賛している。ワースト10に入っていたミネソタ州旗がトップ10内にランクアップしたと。

シンプルかつ個性的で、州のモットーも地図も視覚的に入っている。さらに州名の由来も先住民へのリスペクトとともに込められている。上下対称形なので逆さまに掲揚される心配もないし、きっと子供達も見ずに描けることだろう。100点満点である。

そのいっぽうで、この斬新なデザインの新ミネソタ州旗については批判的な反応もある。ひとつは前回書いたような非公式ながらもある程度親しまれていた旗の存在意義を主張する意見。もうひとつは保守的な意見で、そもそも州旗と州章の変更に反対するもの。後者は開拓者の歴史を守ることをその理由にあげており、白人至上主義が透けて見える。

ソーシャルメディアで流れていた意見のなかには、新しいデザインがシンプル過ぎて国際信号旗のようだと揶揄する声もあった。彼らはもしかして星条旗とシールを置いただけの州旗しか知らないのだろうか。信号旗に類似した国旗なんて日本やコスタリカ、スコットランドなどいくつもあるというのに。

どんなものにも反対意見は存在する。ネットを通して発言しやすい現代ではさまざまな声が目に留まるので、それは自由社会のメリットだ。むしろそんな現代に議論を重ねて決められた新しい旗というのは、民主主義の象徴と言っても良い。

旗の制定にまつわる議論について、ソーシャルメディアでの“リーク”情報があれば、このようになぜその旗のデザインになったのかをより的確に推察できる。これは旗を研究対象にする旗章学にとってはとても大きな変化だ。

また、リアルタイムでの発信があることで、その内容にまつわる市井の発言が間接的に旗のデザインに影響するかもしれない。今回、3色ストライプが1色にされた背景には、そんなネット越しの声も一役買っていたのではないか、なんて思ってしまう。

当初の案で類似性が気になったプントランド。3色ストライプが最終デザインから排除されたことで、ソマリア難民を多くかかえるミネソタ州の政治的な要素はかなり薄まった。

しかし、ストライプがなくなって青だけになったことで、かえってプントランドにとっての本国ソマリアっぽさが出てしまったように見えなくもない。

今年1月に出た幼児向けの書籍『はじめてのせかいのこっき』(桂田監修、ポプラ社)より、ソマリア国旗。

今のところ新州旗とソマリア国旗の類似性を指摘する声は聞こえてこない。それはミネソタ州旗の完成度が高いからかもしれない。それともわたしが過度に気にしているだけなのかもしれない。

最後に、ミネソタ州の州旗と州章変更に関する専門委員会のリンクを貼っておく。すべての応募作品から選考過程と選考結果、そして最終デザインまでの情報が網羅されている。

このウェブサイトでは、州旗と州章の正確なスペックが載ったブックレットのPDFも公開されている。国や地域によってはまだまだ正確なデザインがわかりにくいところも多い。とくに出版物や布の旗をつくるとなると困ることがあるのだけど、こうして正確なスペックが公表されるのは正しい情報を確認する手間がはぶけるメリットがある。

今はこうしたデザインがもともと電子媒体で作られるので、ネット社会とは相性が良い。

旗章学には、とくに過去の旗については、正確な情報を探るというアプローチがあった。そこが省けるとしたら、旗のあたえる影響など社会学的な考察に注力できるようになる。また、ミネソタ州旗のケースのように制定時の議論や世間の反応も細かに分析することができる。

ミシシッピ州旗変更から3年。今回のミネソタ州旗変更では、このように公開される情報の量と速度に変化があった。じつはイリノイ州など、近い将来に旗が更新されそうなところがいくつかある。

社会があっての旗。リアルタイム情報に基づくアプローチがこれからの旗章学の主流になってゆくのではないか、とそんなことを考えさせられた。

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