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温故知新:ミネソタ州旗に思う良い旗と悪い旗

かなり久しぶりになった旗章学ネタ。旗章学とは、わたしが所属している日本旗章学協会のウェブサイトから引用すると以下のように説明されている。

「旗章学(英:vexillology)」と言う言葉は日本では未だ聞き慣れないものですが、国旗その他各種旗章や国章など関連する物を科学的に調査研究する比較的新しい研究領域です。この言葉は1957年に米国のフラッグ・リサーチ・センター所長であるホイットニー・スミス(Whitney Smith)博士により作られました。

日本旗章学協会ウェブサイトより

旗章“学”というからには学問の研究対象として旗を扱う。早い話が旗や紋章にまつわるいろいろを学際的にアプローチしてみようというものだ。

もう3年も前になるけど、米国のミシシッピ州の州旗の変更について書いたことがある。時代にそぐわない旗のデザインは見直されることがある。そうしたケースでは社会の動向がリアルタイムでうかがい知れる。旗がデザインされる過程を知るうえでとても貴重だ。

外国の地方旗の変更なんてマイナーニュースにも程がある。というわけで、この手のニュースは日本国内で報道されることはほとんどない。よくて変更後だけれど、米国は比較的関係の深い国なのでどこかでひっそりと伝えられるかもしれない。

たとえばカリブ海に浮かぶフランス海外県のマルティニーク。今年2月に旗を変更したけれど、わたしは日本語の報道で見た覚えはない。もっと馴染みの薄い国の地方旗になると、ほぼ知る機会はないのではないかと思う。下記リンクはマルティニークの新聞サイトの報道(フランス語)。

さて、今回は表題のとおり米国のミネソタ州の話。

米国北部に位置するミネソタ州は1858年に合衆国32番目の州になった。州章あるいはそれに似た意匠をブルー地に配置したデザインは米国の州によく見られるものだ。ミネソタ州の旗もそんな“ありきたりヽヽヽヽヽなデザイン”の州旗。なお米国では公的機関で伝統的にシールと呼ばれる証印型のエンブレムが使われていて、多くの州の州章がこの形式に準拠している。

下の写真の書籍のページは、そんな米国の州旗を集めたもの。右のページ下部に大きく載っているのがミネソタ州の旗。

『1000 Flags: banners and ensigns』(2020年、E. Dumont-Le Cornec著、Firefly Books刊)より

このミネソタ州の州章と州旗が変更されることになった。今年3月の州議会の定例会で専門委員会が組織され、州内での公募によって新デザインが決められることになった。その公募があったのは10月。そして11月の選考会を経て、先月ファイナリストとして6つのデザインが発表された。最終的には来年の1月1日までに決められて5月11日から使用される計画になっている。この公募の詳細は後ほど。

ここで、まず現行のミネソタ州旗と州章を確認しておきたい。じつはミネソタ州の州章の問題点が取り沙汰されて何十年にもなる。

下の画像がその問題の州章。これには何が描かれているだろうか。

Wikimedia Commonsより、ミネソタ州章

外周に文字列「THE GREAT SEAL OF THE STATE OF MINNESOTA」はミネソタ州章(州印)の意味。下部に年号がある。この1858年は上に書いたとおりミネソタ州が成立した年だ。

内側にリボンがあり、銘文モットーが書かれている。フランス語で「L'Étoile du Nord(北の星)」とある。当時あらたに合衆国に加わった州では最も北に位置していたのが「北の星」の由来で、フランス語なのはミネソタがフランス領ルイジアナの一部だった名残。なお、米国の州にはそれぞれ独自の銘文モットーが決められている。英語やラテン語がほとんどのなか、フランス語なのはミネソタ州だけだ。

その下にはミネソタの大地、向かって右側にはミネアポリスの北に広がる森林とセント・アンソニーの滝、そしてミシシッピ川。左側には先住のネイティブ・アメリカンの土地である草原が描かれている。そして前景にはその土地を開墾する入植者の白人男性。切り株に刺さった斧と立てかけられたライフルが開拓の歴史を象徴している。奥で馬に乗っているのは先住民。半裸で槍を持つ姿は入植者とは対照的だ。

その背後、左側には低い位置にある太陽。滝との位置関係から西に沈む夕日であることがわかる。つまり先住民が向かっているのが西の方向。入植した白人が先住民を西へ追いやり開墾したというミネソタ州の歴史が凝縮されたデザインだ。

ここまでの説明でわかるとおり、この州章のデザインは多様性を大切にする現代の価値観にはそぐわない。よくもこれだけ一方的な視点でデザインされたものだと呆れてしまうぐらいだ。

そして州旗。

これもまたWikimedia commonsから拝借。

中央の意匠は州章の基本的なデザイン要素を残したままミネソタの文字を入れたり19個の星を星型に配置したものだ。

19個という星の数にももちろん意味がある。合衆国の独立当時は13州。星条旗の赤白ストライプが13本なのもこれにちなむ。先ほどミネソタ州は32番目の州だと書いた。32引く13は19。つまり米国の独立後に19番目に加わった州というわけ。一番上の大きな星がミネソタ州を指すのは言わずもがな。

州に昇格した1858年のほかにも1819と1893の年号が見える。1819年はミネソタ州の歴史的なシンボルであるスネリング要塞が着工した年、1893年は州旗が制定された年だ。

この旗は何が問題なのか。いうまでもなく中央の州章のデザインが問題視されているのは理由のひとつだけれど、先に述べたようにそもそも旗のデザインがありきたりヽヽヽヽヽすぎる。先に挙げた書籍のページのように青地に州章のそっくりデザインの州旗が大量にあるのだ。そのありきたりヽヽヽヽヽさに加えて州章が複雑すぎてなかなか旗を覚えてもらえない。州議会の旗が上下逆さまに掲揚されていても誰にも気づかれないままだったというエピソードまである。

こうした米国の州旗に多い“青地州章旗”は、今世紀初めに北米旗章学協会(NAVA)が「悪い旗」として、いささか煽動的にそのデザインの問題点を指摘している。

これによると、良い旗には5つの要素がある。
①シンプルであること、
②シンボルに意味を持たせること、
③基本色は2、3色、
④文字や紋章を置かない、
⑤明確な関連づけ。
これらの要素に照らし合わせると、多くの米国の州旗や自治体旗は“悪い旗”になるという。

『Good Flag, Bad Flag』(2006年、Ted Kaye編、北米旗章学協会 (NAVA)発行)より

それもあってか、報道でも殊更に“悪い旗”というイメージ作りがされているように思える。この州旗には、問題のある時代遅れな州章がついている。州章を変更するのならば、あわせて旗も刷新することになるのは当然。その機運を高めるには、市民にとって身近な旗(日本と違って米国では至る所に国旗がはためいている)の問題点を指摘するのは理にかなっている。

そんなミネソタ州では、ミシシッピ州のステニスフラッグ(3年前の拙稿を参照されたし)と同じようにシンボリックな代替旗が作られた。そのひとつは1957年のMinneapolis Star。

出典: https://mnflag.tripod.com/anderson.html

19の星を中央に置いたシンプルなデザイン。この大胆な州旗の変更はミネソタ州のアンダーソン下院議員によって提案された。しかし議会での投票の結果、48対23で否決されて、その時は州旗の変更は実現しなかった。

そして時は流れ、1989年にあらためて提案されたのが The North Star Flag。その名のとおり、ミネソタ州の銘文モットーから名づけられたシンプルなデザインの旗だ。

出典: https://mnflag.tripod.com/index.html

この旗の考案者のひとりリー・ヘロルド氏は経理の仕事を辞めてフラッグショップをはじめるほどにこの旗の喧伝に腐心した。2001年、ミネソタ州セントポール市のローカル新聞セントポール・パイオニア・プレス紙でおこなわれたコンテストで、このThe North Star Flagは最優秀賞に選ばれた。非公式ながらあらたな州旗のデザイン候補に選ばれたと言ってよい。事実、スポーツイベントなどでこの旗がはためいている様子はネット検索でも見つかる。

あらためてこの旗を見ると、良い旗の5要素がきちんと盛り込まれているのがわかる。数色のシンプルなデザイン、青色は湖と川、緑色は大地、白は冬を表し、波型は州名のもとになった先住民の言葉「minisota」の本来の意味である「空色の水」。そして州の銘文モットーである北の星はこの地で採れる黄金の色だ。

さて、先に書いたようにミネソタ州議会は正式に州章と州旗を変更するため専門委員会を立ち上げた。州内で広くデザインを公募し、選考がおこなわれている。

この10月末に公募が締め切られ、州旗には2123、州章には398のデザインが寄せられた。それらは現在すべてウェブサイトで公開されている(こちらこちら)。そのクォリティはさまざまで、プロのデザイナーによるものからおそらくは幼稚園児によるもの、他の州のパロディ、なぜか犬の写真など(いたずら?)まで、ほんとうにバラエティに富んでいる。ヘロルド氏のThe North Star Flagももちろんある。

水鳥がモチーフになったものも多い。この水鳥は北米に生息しているハシグロアビという鳥で、ミネソタ州の州鳥とのこと。

わたしは滋賀県の出身なのだけど、県の鳥カイツブリが非公式のシンボルマークに使われていたのを思い出した。自治体指定の“○○の鳥”というのはけっこう身近なものなのだ。

その後の11月21日、新州旗の6候補と新州章の5候補が絞られた。旗の候補は以下の6点。いずれもちょっと寒々とした印象を与えるデザインなのはカナダに接する内陸州ならではの厳しい寒さの影響だろうか。

Post Bulletin紙の報道より

非公式の代替州旗として親しまれていたThe North Star Flagは選に漏れたようだ。報道にもそのことが触れられている。ヘロルド氏は不透明な選考プロセスに不信感を持っているようだけど、実際のところはどうなのだろう。

このnoteを書いていると最新ニュースが入ってきた。年始まで最終選考の結果は明かされないと思っていたけど、不意をついて(?)結果が発表されたようだ。

公式サイトをよく見たら来年1月1日までにヽヽヽとあるから、今決めるのは間違ってはいない。しかし、米国企業に勤めるわたしとしては、前倒しの理由をはからずも察してしまった。

米国はもうホリデーシーズン。なんなら先月の感謝祭(Thanksgiving Day)からずっとホリデー気分の人たちがけっこういる。仕事にももちろん影響があって、いつにもまして先取りして進めておかないといろいろ間に合わなくなってしまう。

これは邪推かもしれないけれど、この時期に予定を早めて進められた選考とその発表の背後には、そんな理由がありそうな気がしている。担当者が休暇で不在になるとかの事情で、それなら先にやってしまおうという判断は大いにあり得る。

邪推はさておき、その最新ニュースは下記のリンクにある。現地の報道テレビ局のウェブサイトより、当地12月15日夕方のニュースで新州旗のデザインが報じられた。

上に載せた6つの候補のうち、右上にあったものが選ばれたようだ。

FOX 9 ニュースより拝借

これは応募のデザイン案なので、最終的に微修正が施されるという。色やシンボルの意味については現時点では示されていない。

州章のほうも選考結果が公表されている。下の画像がそれで、州鳥ハシグロアビが描かれている。銘文モットーはなく、その代わりに州名のもとになった先住民の言葉が書かれている。米国で唯一のフランス語の銘文モットーはダコタ語になるのだろうか。そこは州章のデザインとは切り離されていそうなので、簡単に変わらないとは思うけれど、もしも変更されたらハワイ州とワシントン州にならんで先住民の言葉を銘文モットーにした州になる。

こちらもFOX 9ニュースより

こちらもなんとも寒々とした配色なのが印象的だ。

なお、この後12月19日にふたたび委員会が召集されてデザインの微修正が検討されるとのこと。元日の発表はその最終的なデザインになりそうだ。

ミネソタ州旗の変更にまつわる過程を追っていると、NAVAの「良い旗、悪い旗」のことは避けて通れない。州旗変更の経緯でも書いたけれど、旧旗は悪い旗の例そのものだったからだ。

「良い旗、悪い旗」については、かのTEDプレゼンテーションでも2015年に同タイトルでラジオ・プロデューサーのローマン・マーズ氏が講演している。

視認性や象徴性といった旗の機能にフォーカスしてデザインを評価するアイディアはわかりやすい。政治の場で証印シール形式が定着している米国では、ともすれば旗自体のデザインが軽んじられているような旗が多いのは事実。それをわかりやすく説明するのに「良し悪し」の分類をつかう気持ちもわかる。

しかし機械的な分類で線引きして一方を“悪い旗”と断じることにはいささかの抵抗感を覚える。

どんな旗にでも、それなりの意味は込められているし、洗練されたデザインでなくとも考案者と支持者はいるはずである。最低限そこはリスペクトされるべきではないのか。モットーには込められた理念があるし、イスラーム諸国のように文字列が宗教的に重要な場合もある。複雑な模様が入っていても、それは民族が誇りにしている模様だったりすることが多い。旗の世界は必ずしもシンプル・イズ・ベストではないのだ。

地方自治体の旗のデザイン変更は、米国以外でもわりとある。冒頭にマルティニークの例を挙げたけれど、フランスは文字入りのロゴ・フラッグを導入したりして、親しまれた古い旗との葛藤が起きている。日本は平成の大合併以降、会社組織のマークみたいな自治体章と旗が増えた。

それらの新しい自治体旗はデザインコンペで選ばれたものが多く、NAVAの“良い旗”の条件にはあっていても、その数ゆえにオリジナリティが乏しくなっているように思う。合併に伴って消滅した自治体の伝統的な意匠が失われることもあって、デザインの多様性も旗の魅力のひとつなのだと実感する。

ミネソタ州の場合、一方的な開拓者目線の州章デザインはやはり問題があるし、変更されるのは当然だ。他にも多かれ少なかれ同様の古い価値観を残した旗は存在している。それらがすべてシンプルな“良い旗”化した将来の地方旗の様相は、似通ったシンプルなデザインばかりで退屈なものかもしれない。

見わたす限りシンプルなデザインの旗が翻る時代になると、かえってそんなシンプルさが“悪い旗”とされるんじゃないか。そんな気がしてならない。複雑であっても特別な意味があり、地域のアイデンティティを示している旗こそが“良い旗”であると。

まさに温故知新。この数年でシンプルな方向に変更される米国の地方旗を見ていると、そんなことを考えてしまう。きっとこれからもこういった旗章の変更は続くことだろう。多様性が重んじられる今日こんにち、旗章学に求められる「良い旗、悪い旗」に代わるガイドラインが示されるのは必然だと思わされる。


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