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地図を眺めていると…時代は変わる?

元日の大地震のあと、よく地図を見ている。地震があってから気がついたのだけど、能登半島北部は北側ほど標高が高い。解像度をあげて地形図を見ると過去の隆起を彷彿させる段丘のような地形が見える。これまで何度も地震があって、そのたびに隆起し続けていたことがわかる。

国土地理院のデジタル標高地形図より

実際、今回の地震でも半島の北側の海底が隆起して海岸線が広がったとの報道があった。地震の前後の空中写真が公開されてそれは明らかになっていた。ただ、潮の干満が見かけの海岸線に影響するので、具体的な調査報告が出るまでは正確な変化はよくわからなかった。

先日から継続的に公開されている産総研地質調査総合センターの緊急調査報告によると、およそ4メートルの隆起があったらしい。リンク先の報告にある写真はなかなかショッキングだ。

これで合点がいった。

地震発生直後の大津波警報では5メートルと予測されていた。その津波の観測値が「1.2メートル以上」と、予測よりも小さな数字だったのはこの隆起が関係している。5メートルの津波が届く前に4メートルも隆起していたから、観測値は1メートル程度にしかならなかった。

地震の被害は甚大だったけれど、この隆起があったために津波の被害はまだ抑えられていたということだ。地震で隆起した海岸線が結果的に防波堤になっていた。

険しい地形とインフラの弱さからまだまだ復旧が困難な状況にある能登半島。ネット報道を見ていると、東日本大震災のときの復旧の速さに比べて初動が遅いなどと批判的に言われている。

単純比較ができないのは明らかなのに、そうした揶揄を目的にしたような批判はいつまでも聞こえてくる。当事者でなければ状況の認識には限界があるから、地域の事情の違いは見落とされがちなのかもしれない。偏った見識が瞬く間に流布され、ネットで共有されて、いつしか事実のように定着するのはとても怖いことだ。

ソーシャルメディアに流れてくる情報には、過疎地の住民は移住すべきといった極端な言説もある。そうした意見の多くは、現地にはいない新自由主義の支持者から出ているようだ。

移住の必要性については地方の住民は多かれ少なかれ感じているはずだと思う。それでもいろいろと葛藤があって、結果的に出てゆく人もいるし留まる人もいるのが現実だ。

地方の住民には少なくとも外野から移住を強制されるいわれなどない。それは都心の住民が人口過密だから地方に移住せよなどとは言われないのと同じ道理。住民には住む権利があり、行政には住民の生活を支える義務がある。歴史上廃棄された集落があるのは結果でしかない。

冒頭に、最近地図をよく見ていると書いた。能登半島の地形図だけでなく、連想ゲームのようにいろいろな地図を見ている。

わたしがモンゴルから帰国してすぐに買った地図に、新潟県佐渡市が発行したものがある。これはモンゴルの一部が下部に配置されていて、大陸から日本海越しに日本列島を見たような地図になっている。大陸側から見た日本という視点が興味深くて買ったのだけど、地震のあった能登半島周辺を見直すのに役立ちそうかと思ってあらためて引っぱり出した。

佐渡市発行の『東アジア交流地図』

この地図は日本海の交易を可視化する目的で日本海が中心に描かれている。佐渡市がこの地図を作ったのは、佐渡が日本海交易の主要な中継地だったから。

ユーラシア大陸が下に配置されているので、わたしたちが見慣れている北を上にした地図とはかなり印象が異なる。中国が太平洋に進出しようにも日本列島〜琉球弧〜フィリピンに阻まれているのが一目瞭然だ。なるほど尖閣諸島あたりを足がかりにしたくなるのもわかる気がする。

関東地方が大陸から最も離れていることもわかる。江戸に築城した徳川家康は敢えて大陸から遠くて山に囲まれたこの土地を選んだのか、なんて思えてくる。

能登半島付近を見るには左上の囲み地図「佐渡市中心新潟県位置図」が適している。

佐渡市中心の新潟県位置図

山がちな陸路の整備が困難だったこともあって、長らく船舶による海上(水上)交通が物流の基本だった。北日本の物産は日本海を経て敦賀に運ばれ、敦賀から京の都にもたらされる。敦賀までの中継地として好都合だったのは日本海に浮かぶ佐渡島の小木と日本海に突き出た能登半島の輪島だった。

都に運ばれる物品の航路の中継地はおのずと発展する。日本海交易で栄えた小木や輪島には独自の文化が根づき、平野の広がる新潟と金沢には都市が発展した。

京都で昆布出汁だしが使われ、にしん蕎麦が食べられるのは、この古くからの日本海交易のおかげだ。本州〜九州の日本列島だけではなく、大陸側とも北方のアイヌとも交易があった。海上交通が日本海に面した地域を発展させていった。

滋賀県で育ったわたしは、学校教育でこの日本海交易の話を聞いていた。ただ、あくまで琵琶湖の湖上交通にまつわる話としてなので、ほかの地域ではかならずしも教育内容に含まれてはいないのかもしれない。

北方から敦賀に運ばれた物品は陸路、湖北の海津や塩津、今津に輸送され、そこから大津まで湖上を運ばれた。そして大津から京へはもちろん陸路。

陸路が整備された現代に“裏日本”と呼ばれている日本海側。日本海側こそ、かつての“表日本”だった。

外洋から隔たった海として、日本海よりもスケールはずっと大きいけれど、地中海が思いあたる。

いつどういう理由だったか覚えていないのだけど、これまた興味をそそられて購入した地図がある。地中海を中心にしてヨーロッパ、北アフリカ、中東世界をカバーした歴史地図だ。

歴史上の地名や航路が書かれた『地中海世界地図』(2008年、東光書店)

この地図にはかなり長い歴史の情報が詰め込まれているのだけど、例えばアテネやアレクサンドリア、ローマといった古代都市の間の交易ではクレタ島、シチリア島、北アフリカのカルタゴなんかが航路で結ばれている。

地中海交易まっさかりの当時、やがて陸路も整備され、すべての道はローマに通じた。ヨーロッパと北アフリカ、オリエント世界の中心は地中海で、長らくアルプス以北のヨーロッパは取り残されていた。

日本でも東海道が整備される江戸時代以前、太平洋側は日本海側にくらべて発展してはいなかった。

江戸時代に各地の街道が整備され、近代には鉄道が通り、発展の主役は太平洋側に移った。太平洋戦争での低迷ののちに経済成長し、やがて工業地帯“太平洋ベルト”ができ、新幹線が走りはじめた。

いまや新幹線は日本じゅうに延伸され、このあらたな陸上ルートが都市間を結んでいる。

こうして陸路が整備されればされるほど、かつての水上交通の要所は取り残されていった。日本海側の北陸地方はそんな地域で、とりわけ陸からのアクセスの悪い能登半島は象徴的だ。

現在金沢が終点の北陸新幹線は2ヶ月後の3月なかばには敦賀まで開通する。

敦賀はかつての日本海交易の拠点のひとつ。陸と海のルートが繋がって、海上交通が復活したりしないかな・・・なんて期待してしまう。もちろん震災後の復興が最優先だけど。

もっと大きなスケールで地図を見ると、水上と陸上だけでなく、空のルートも見えてくる。遠くの地方どうしや国と国、さらには大陸どうしを航空路線が結ぶことで、グローバルな人とモノの流れができた。この100年での出来事だ。

今年出たばかりの地図帳(正確には昨年末に出た2024年版)をめくった。その後半に海域単位の地図があり、まるで日本海周辺を眺めていたときの延長のような感覚で、世界の海・陸・空の交易路が見えてくる。

地図帳の最後にレイアウトされていたのはインド洋の周辺地図。

昭文社『なるほど知図帳 世界 ニュースがわかる世界地図2024』より

宝石の流通でよく耳にする地名が多く目に留まる。直感だけど、なんだかこの環インド洋諸国がこれから世界を動かしていくような気がする。

インド洋地域の中心は世界一の人口を誇るインド。東には金融ハブのシンガポール。西にサウジやUAEなどの湾岸産油国。東のインドネシアやオーストラリアも資源国だ。さらに西のアフリカ大陸東部は労働力の主要な供給源になるだろう。それは人口の多いインドもインドネシアも同じ。

こうしてインド洋を中心に見ると、ヨーロッパや北米は完全に圏外。日本、韓国や中国など東アジアも蚊帳の外だ。

時代はどんどん変わっている。

敗者が勝者になる
それは時代が変わるものだから
“For the loser now will be later to win
For the times, they are a-changin'”

最初の者が最後になる
それは時代が変わるものだから
“The first one now will later be last
For the times, they are a-changin'”

ボブ・ディランがTimes They Are A-changin'でそう歌っていたのを思い出した。

古い道はどんどん古びるばかり
“Your old road is rapidly agin'”

この曲にはこんな詞もあった。

海の道が陸の道にとって代わられたことについて思いを馳せていたからか、ディランの歌を聴きなおしていると耳に残る。

北陸の被災地の状況はまだまだとても大変だ。報道で伝えられる被害や犠牲には心が苦しくなる。

敦賀に新幹線が通った暁には、それを機に支援と復興が一気に進むだろうか。その後は敦賀からの海運が活発化して輪島や珠洲も元気を取り戻せるだろうか。

いっぽうで世界情勢と世界経済はやはりインド洋圏にシフトするのか。

時代は変わる。自分も変わらないとな、なんて思いはじめた。

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