【094】唯一父親から感情論で怒られた記憶

父親の話のnote。

うちの父親は私と30歳離れてて、いわゆる団塊の世代。
鉄骨オヤジで、げんこつでの鉄拳制裁は日常茶飯事。子供の頃は毎日にように厳しく育てられた。こわいこわい父親だった。
時代のせいか《theオヤジ》そのもの。

ビビっていたし、怒られない様にしていた自分がそこにいた。
だから、遠慮したり自己主張もなかなか出来ない幼少期はそのあたりから出来上がってたかも知れない。時代によっては父親像は違うけど、フレンドリーな父親に少し憧れていた。

でも、なんだろ…勉強やれとか強制されたことはないんだよな。
おかげさまで成績は悪い悪い。自発的にやることなんてないから、そりゃ結果出ないよ。

今思えば、何をあんなに毎日怒られていたんだろう。記憶にはほとんどない。
もしかしたら毎日じゃなかったのかもな。
ただ、怒られてばかりの記憶が大きい。
図太い声と目力にやられてた。
なんで自分だけなんだろうとか思って、怒られない妹を羨んだ。

父親は常識のある裏表のない人間なので、毅然として理由があるから怒っていたのだろう。

唯一、覚えてることがある。

小学校2年生のときのこと。
友達と3人で私のうちに集まり遊んどいたときのこと。
当時流行りのビックリマンシールを使って遊んでいた。ファミコンやったりね。

そのうちに友達が1人先に帰った。


あれ…え…


ビックリマンシールがない。あれ…


1弾から2弾まで勢揃いしていたシールがない。

スーパーゼウスもシャーマンカーンもあったのに。きれいに並べてあったのに。


なくなっちゃった。


大切にしてたビックリマンシールがなくなっちゃって、オロオロして涙目になってたはず。

泣き虫で弱虫だったから、悲しくてオロオロと。

もう一人の友達とも部屋中探したけどなくって。
パクられちゃったのかな?とかも考えたり。


そのときはうちに父親がいたんだよな。

そのオロオロして情けなくなった子供の姿を見て、思いきりビンタをした。

そこには友達もいたのに。

訳がわからなくて、さらに泣いた。

悲しくて痛くてワケわからなくて。


帰った友達にも聞いてみたけど知らないって。
結局出てこなかったビックリマンシール。

泣きながら自転車こいで、町中を走り、その友達を訪ねたりしたけど。
大切にしてたのにな。

父親は、子供のオロオロした姿を見て情けなくて悔しくて殴ったと言っていた。

思えば、感情論で怒られたことなんてなかった父親だ。子供の頃はわからないその気持ち。

大切なものならなぜしっかり持っていないんだとも言われたな。

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⇧クロコダイルも言っていますね。

すごくあの日のことは覚えている。
天気は晴れてて、アパート住まいだったときのことで、どの場所で怒られたのかもわかる。

そのときいた友達の名前も覚えている。

すごく鮮明なのだ。




世の中、自分勝手な感情に理由をつけて子供を怒る親がいる。
人目もくれず人前でもそれをする親もいる。

怒りよりも諭すこと、正しさを伝えるのが親なので、そこに必要以上な押し付けの感情はいらない。
親の気持ち、その姿をうたった曲がMr.Childrenにありましたね。いい曲。ここでブレイク、聴いてみてください。(無茶ぶり)

自分が親になって、もし同じシチュエーションに遭遇したらどうだろう?
悔しくて仕方ないだろうな。
わかるんだよな。そんな姿を見たと想像したならやりきれない気持ちになるのが。

親の気持ち子知らず。
そうなのかもね。


なんでもないときに、親への感謝を思った。


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