見出し画像

オークション会場

東京にきてからいく日が経った。もうコワイと感じることは少なくなった。
街の集合体であるから。人の集合体だから。
細分化してみればなんてことない。


あれほどBGM代わりに様変わりしてしまった曲が体内に自然と入ってくる。嫌味なくだ。

それは体験を“モノ”にしているからだ。変化したということだ。移動し、環境を変え、行動したからだ。同じフレーズもその場の環境によって意味合いが違ってくる。

オレが求めていたものは正しく“コレ”だ。この感覚だ。

点から点に移動しただけではダメだ。その移動中に観た景色だ。

残影だ。

反復横跳びをしている最中に何度も行き来しているその“間”だ。そこにこそ風景が出来上がる。自分自身の景色だ。

見えないんじゃない、観ようとするんだ。向こうからはやってこない。己から観に出かけるのだ。
成功とはそういうものだ。


馴れ合い、傷のデカさを見せびらかすためではない。孤独を愛し、孤独を真正面から抱き締めて離さない。
その度量を養うのだ。


周りに溶け込んではいけない。
溶け込ませるのだ。

ROCKを掻き鳴らすのだ。
響かせるのだ。
轟かせるのだ。
分からせるのだ。

マジョリティは楽しいか、否、マイノリティのカッコよさを知っている。

人が駆け上がる姿は美しい。頂点に立った雄弁な姿も美しいが、汗をかいて何かを目指す後ろ姿にその人が視える。

泥を浴び、転んでしまっても、ワタシには黄金に視える。
燦然と輝く。そのまま額縁に入れて飾ってしまいたいぐらいだ。


ワタシはたった今、額縁をかけてもらっているところだ。

いくらでも構わん、値段をつけたまえ。

励みになります🙏