エンピツの干物

サヨリください

母が頼んだ

私もください

釣られて頼む

久しぶりの帰省

母と二人で実家の近所の
『笹寿し』に来ている



父は

二人で行ってこい


ぶっきらぼうに言って
一人晩酌を始めたので
家に置いてきた



『笹寿し』は
我が家の行きつけのお店で
顔馴染みの大将は
私を子供のころから知っている

先付けを出しながら

娘さん
学生時代より
大人っぽくなりましたね

と母に話している

そうか
『笹寿し』は大学卒業以来だったな
と気づいた

大将もずいぶん
大人っぽくなりましたね

って
意地悪っぽく言ってみた

白髪と
シワが増えたからね

大将は笑って
答えた

大将の目尻のシワを見たら
隣に座ってる母が
少し小さくなった気がした



ハイ
サヨリね

大きな手で
つけ台に出された
サヨリのにぎりは
キラキラと
光って
宝石のよう

きれい。。。

思わず口に出てしまう


おばあちゃんがね
このサヨリの干物を
よく作ってくれたのよ

祖母の話を始める母


つけ台には
マグロ
穴子
タイ


ぽつぽつ
握りが
出てくる


母の田舎は港町で
売り物にならない魚を
バケツいっぱいもらって来るのが
小さい頃の母の仕事だった
母の兄(私のおじ)ではなく
母の仕事だった訳は
そっちのほうが
漁師連中にウケが良かったからだ

祖母はバケツの中の魚を
大きな刺身は刺身や煮魚にして
小さい魚は唐揚げや天ぷらにした

庭で育てた野菜や
裏山で採った山菜など
田舎での食事は
貧しくも豊かだったようだ

そんなにお金のある家じゃなかったけど
祖母の料理は美味しかった
と母

サヨリの小さいのは
母の田舎ではエンピツと呼んでいた
エンピツ
サヨリ
カンヌキ
大きく太くなるにつれて
名前も立派になるそうだ

バケツの中から
小さいエンピツを抜いた
まだ若い祖母は
ササッと表面のウロコを包丁で払って
背中から包丁を入れて
手早く身を開き
ハラワタをとって
ボウルに放り込んだ
そしてバケツから
新しいエンピツを抜いた

まだ小学生だった母は
その手さばきを見て
まるで魔法みたいだ
と思ったという

日が落ちる頃には
エンピツは
庭に干されていた

干されたエンピツは
祖父の晩酌の
アテになった

私は
母の思い出話を
聞きながら

母の田舎の
風景を
想像していた

母の田舎には
小さい頃に
数回行っただけで
私の記憶には
残っていない

祖母と祖父が
相次いで亡くなり
長男だったおじが
こっちにお墓を作ったのだ

ねえ
田舎に
帰りたい?

締めの
ウニの軍艦巻を
食べながら
そんなことを
母に
聞いてみたい
気持ちになったが
やめた

家で晩酌をしている
父を思い出したのだ

折り詰めをひとつ
つくってください

締めのイクラを
食べる前に
母が
大将に
頼んだ

母も
家の父のことを
思っていたようだ


お会計は
私が払います

と言うと

お代は
お父さんから
頂いています


大将は
似合わない
ウインクをした

えっ?!

驚く私と母

じゃあ
折り詰め代だけでも

そちらも
頂いています

母と顔を見合わせて
笑ってしまった

父は時々
そういうことをする



二人で父に
なんて言ってやろうか

おしゃべりしながら

まだ寒さの残る
家路を
上機嫌に
歩いて帰った

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