母は今、人生で食べた中で美味しかったものを、ひとつずつ、私にリクエストしている。

コロッケ、シチュー、味噌汁、フレンチトースト、ヒレカツあたりの私でも作れる料理以外は、ほとんどが冷凍食品やジャンクフードだ。「サッポロ一番カップスター」の味噌味、チキンラーメン、リンガーハットの「長崎ちゃんぽん」、テーブルマークの「ごっつ旨いお好み焼き」などなど。そこに一部、芋けんぴやらバームクーヘンやらの甘いものが紛れ込む。

母は、びっくりするくらい質素な人だ。母の人生のどこかに、「贅沢」と呼びうる箇所があったように私には思われない。かなりの偏食であることもその理由だが外食は全くといっていいほどせず、服も必要最低限、旅行なんてほぼ行ったこともない。もし彼女の人生における「贅沢」を、税務調査の粗探しのように無理矢理にでも指摘する必要があるのであれば、それは彼女の豊富な読書だけであろう。

「『死ぬ前に食べたい料理10選』ってタイトルで文章書けそうだね」

母は無邪気に笑う。

「でもさ、そのタイトル、なんだかダサいね。裕太に何か素敵なタイトルなり冒頭なりを考えてもらおーっと」

と言って、母はお手洗いへと向かった。

その間に私がささっと考えた冒頭が、こちら。

お気づきの方も多いかもしれないが、これは私が敬愛するガルシア＝マルケスの名作『百年の孤独』の冒頭部分を真似ている。下が実際の冒頭の一文。

トイレから帰ってきた母に、先の文章を披露した。

母は最初、笑いながら私の朗読を聴いていた。聴き終わると「なかなかセンスあるじゃん、いいと思う」と言った。

そして、弾けるように泣き出した。

きっと彼女は、今まで私と行っていたこんな遊びを愛おしく思ったのだろうし、もうこんな遊びができなくなってしまうことを切なくも感じたのだろう。

母が私の家に来てからというもの、私たちが泣かない日はなかった。

一方で、来た当初と今では、母の泣き方に変化がある。当初はどこか悲壮感があった。食欲がない一方で吐き気があり、ただ死に近づいていくために時間を食べているような、そんな雰囲気が込められた涙だった。

それが今は、しっかり食欲があり吐き気は皆無、体調もむしろ良くなっている。痴呆こそ始まってはいるが、まだ記憶はきちんととどめており、残された人生で食べたいものをリストアップしてはそれらを口にしたり、私と過去や未来の楽しい話をしたりと、今をきちんと謳歌している。だから母は必ず、泣く時に「悲しいんじゃないの、幸せなの」と言っている。

先の涙も、きっとそんな幸せの中で流してくれたもの。67年の歳月の中で、今この瞬間が一番甘美であることを、私は願ってやまない。

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