午前10時過ぎのこと。昨日までの梅雨空から打って変わって、しっかりと太陽が街を照らしていた。私は明るい気持ちでベランダに洗濯物を干した。

忙しさにかまけて放置していたクリーニングを取りに、家から徒歩3分ほどのところにあるクリーニング店に赴くことにした。茶色のTシャツに黒いスウェットのハーフパンツ、足元はサンダルという格好で私は外に出た。アスファルトの路面に描かれた影の濃さが日差しの強さを雄弁に物語っていた。

クリーニング店までは緩やかな坂を下ることになる。そこで出会った3つの「何の変哲もない出来事」が、夜になった今でも不思議と強く心に残っている。

1つ目の出来事。

坂道の中心の、明るく照らされた部分を歩いていたら、後ろから来た何か大きなものに頭を掠められた、ように感じた。それは大きな鳥の影で、アスファルトの明るく照らされている部分を真っ直ぐ、そして悠然と走り去った。それはきっと実際の鳥のサイズからすると不当に大きかったが、あまりにも影が生き生きとしていて、むしろ影法師の方が本当の彼あるいは彼女の姿ではなかろうかと思われた。

2つ目の出来事。

進行方向右手の石塀の上、手を伸ばしてもちょうど届かないくらいの高さに、梔子の花が咲いていた。ここ数日の暑さやら雨やらにやられてしまったのだろう、その大部分が枯れかかり、かろうじで生き残っていたいくつかの花もその純白だったはずの姿が黄色に染まっていた。

その最期の姿を横目に少し歩いたところ、ちょうど花たちが右斜め後ろ45度にきた位置で、不意にその梔子の香りが鼻を掠めた。それまでは感じることのなかったその芳香は、まるで私に、「私たちのことを決して忘れないで」と訴えかけているようだった。

3つ目の出来事。

坂の下りが近づいてきた頃、向かいから犬を散歩する中年女性が目に入った。というよりも、私の目に入ったのはその黒と茶色の短い毛の、ドーベルマンを小さくしたような犬だった。後で調べたところ、ミニチュアピンシャーという犬種だった。

電柱のところでふたりは立ち止まった。女性はその電柱に水をかけた。犬はその大きくて真っ黒な瞳で、身動きもせずに私をしっかりと捉えた。歩きながら私も犬を見返した。犬は一度私から視線を逸らせたが、私のことが気になってしょうがなかったのだろう、またその潤んだ瞳で何かを訴えかけていた。

これらが3つの「何の変哲もない出来事」だ。きっとこれらを読んだあなたは今、肩透かしにあったような気分だろう。

私もそれぞれの出来事に何か特別な意味を見出しているわけではない。ただ私には、この3つの事象が、梅雨の晴れ間の緩やかな坂道でほぼ同時に起こったことが、神秘的に思われてならないのだ。そこには呪術的なニュアンスすら感じ取れる。

そう、それは全部、太陽のせいだったのだ。

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