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#2-10 只者ではなさそうな人

 ──2022年3月15日、この日は昼過ぎから浅草にいた。この時期は浅草にハマっていたので、休みの日は浅草に写真を撮りに行くのがルーティンワークになっていた。都営浅草線に揺られること30分、3月も半ばの浅草寺は春の訪れを感じる日差しと、冬と春の間の匂いで充満していた。いつのことか、ある記事で鬼海弘雄が昔の方が浅草はカオスな空気が溢れていて、それに比べて今は面白くなくなったという風なことを言っていた。僕はなぜかその言葉に抗いたくなって浅草に通い始めたのだ。
 
 初めに言っておくが、今日紹介するおじいちゃんについて、特に面白い情報はない。せいぜいどこで靴を買ったとかの情報しかないのだ。だから最初は記事にするつもりはなかった。ただ、最初にこのおじいちゃんをみた時から只者ではないと感じていた。飄々とした佇まいと絶妙なファッションで、思わず駆け足で声をかけに行ったことを覚えている。だから今回はこのおじいちゃんのファッションを解き明かすというよりは、僕の個人的主観からこのおじいちゃんのファッションについての感想文を書こうと思う──


只者ではなさそうな人

 最初見かけた時の印象としては、なんとなく寡黙で頑固そうな感じがしたので写真やインタビューは断られそうだなと思った。ただ実際声をかけてみると、「いいですよ。」とすごくあっさりと了承してくれた。

 インタビューして得られた情報は、78歳、浅草のドンキホーテで買ったスニーカー、浅草で買ったジャケットだということだ。あまり会話が弾まず気まずかったのですぐ写真を撮ってサヨナラしてしまった。

 まず最初にこのおじいちゃんのファッションを見た時僕は以下のように感じた。
 そのすらっとした体躯を活かすように、テーパードの効いたスウェットパンツを気持ち上げパン気味で履く着こなし。そして、上げパンしてすっきりした足元にゴツめのスニーカーを持ってくるセンス──
 この下半身のバランス感覚に思わず僕はLotta Volkovaがスタイリングしているのかと思った。もしくはこのおじいちゃん、初期のVETEMENTSに影響を受けているのだろうか。意識してないとそんなんできひんやん普通。
 ──と、心の大迫はさておき、まあこれがおじいちゃんのスタンダードなのだろう。僕ら若者がハッとするようなスタイリングを意図せずしているおじいちゃんは往々にして存在するのだ。
 寡黙なおじいちゃんだったので専属スタイリストの有無については確認できなかったが、とにかくこのおじいちゃんは只者ではなさそうだ。靴もなんかちょっと大きく感じるが、あえてワンサイズアップしているんじゃないだろうか……?

2016SSのVETEMENTS


 ──上半身がスウェットでセットアップになっているところもいい。もし上半身がセーターとかシャツのおしゃれ着だったら、この下半身のセンスが本物になっていやらしくなってしまう。上下スウェットの部屋着で出てきたような生活感があるからこそ、見るものに対しておじいちゃんの自然体な印象を与える。いやらしさがないのだ。
 ただ、このおじいちゃんの本当にすごいところはスウェットの下に着ているシャツだ。ただのスウェット上下だけだと、リラックスした部屋着ファッションという一つの枠で囚われるところを、襟元から覗いたシャツの襟がかろうじて外行きの意識的なそぶりを我々に抱かせる。ただの部屋着で終わらせず、首元にきれいめワンアクセントを入れることで、部屋着と外着、無意識と意識の絶妙ギリギリスレスレを攻めているのだ。
 スタイリングにそういったグレーな部分を残すことで、このおじいちゃんは一層ミステリアスな魅力を獲得している。あっぱれである。
 正直、ここまで来ると流石に専属スタイリストの存在を疑わずにはいられない。髪型もよく見ると短髪の時の高良健吾のようだ。ヘアスタイリストもいるのだろうか……

 と、ここまでおじいちゃんのスウェットに触れてきた訳だが、最後に一番重要なアイテムについても触れなければならない。アウターだ。地味なカラーリングなのでグレーのスウェットにも調和してスタイリングに統一感がでている。無難な色合いながら、小豆色のような茶色のような、はたまた羊羹のようにも見える色合いは意外と珍しい気もするが。
 正直このアウターに関しては、出会った時そこまで琴線には触れなかった。あくまでスウェットの引き立て役のような感覚だった。しかし、家に帰って大きな画面でまじまじと写真を見ているとあることに気がついた。
 これもしかして、レディースのものではないだろうか……?
なんとなくタイトなシルエットの感じはしたが、よく見てみるとレディースの服に見られるようなゆるやかなAラインのシルエット、袖も気持ち短め、そして極め付けは、完全にフードになれなかった残骸のような首元の大きな襟。ネットで調べてみて確信した。これはたぶんレディースのダウンだ。もしかしたらレディースだと気づかず買ってしまったのかもしれないが、ここまでの考察からすると、恐らくこれもスタイリストの提案だろうか……
 下半身がスラっとしたスタイリングなので、ここにメンズの厚手のダウンを持ってこればVラインで綺麗なコーディネートになっただろう。しかし、流石はファションのプロ、スタイリストである。そこは敢えて定石通りにいくよりも、おじいちゃんのプロポーションを活かせるすっきりめのアウターをチョイス。しかもそこでレディースものでちょっとした違和感を出すという拘り。袖口も短いので、足元のスッキリさと相まって全体的にシャープな印象を与える──

レディースのダウンの画像


 ──僕には好きな映画がある。「アカルイミライ」という映画だ。スタイリストの北村道子が衣装を手がけている。初めてみた時、異質でクールで退廃的でロックな衣装に衝撃を受けた。一流のスタイリストとは一つのスタイリングで、見る人に様々な感情を呼び起こさせたり、多角的な見方を提示できる人なんだろうなとその時思った。今日僕はこの記事を書いていて、おじいちゃんのスタイリストに対しても同じような感覚を覚えた。
 名前も顔もわからない──。でもいつか、このスタイリストと一緒に仕事をしたい──



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