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#2-20 形見の人

 ──2022年3月4日、私は赤羽にいた。「山田孝之の東京都北区赤羽」をアマゾンプライムで見てからずっと行ってみたかった町だ。東京に来て半年ほどが経ち、メイン所(新宿とか銀座とか恵比寿とか)にも飽きてきたところで、中心地と郊外の狭間の土地に興味を持っていた。
 当時は友人と白金台でルームシェアをしていたので、赤羽へは南北線「白金台駅」から一本で行くことができた。赤羽駅に到着して驚いたのは思っていたよりも大きな駅だということだった。「山田孝之の東京都北区赤羽」が下町感満載の映像だったので一倍驚いた。
 駅を出て少しフラフラしてみる。東口前のバスロータリーを突っ切ると飲み屋街があった。驚くことに飲み屋街のど真ん中に小学校が建立している。まるで古からある小学校を取り囲むように飲み屋が勃興し始めたようだ。酒好きの小学生には恵まれた環境だ。想像以上にケイオスな町である赤羽は──
 近くにあった「かつや」で少し遅めの朝食すませ、赤羽のおじいちゃんを探すことにした。

 ──時刻は正午すぎ、人通りが多い東口の広場にいる。すぐ近くに交番があり、警官が一人扉の前に立って行き交う人々をチェックしている。大きなストロボのついたカメラは少し時代錯誤だろうか。警官の目がすこし気になる──
 ──勘ぐりが最高潮に達した12時30分、ついにその時は訪れた。グレーのスウェットにスラックス、左手にはハンドバッグを所持したおじいちゃん。全国民みんなのおじいちゃんの平均値を煮詰めたようなその服装に、僕は心の中でグッドボタンx100を押していた。
 そろりそろりと近づき、おじいちゃんに声をかけてみた。

YT「あああの〜、いきなりすみません。僕写真家で、年配の方のファッションをテーマに写真を撮っているのですが、物凄くカッコ良いなと思いましてぇ〜、よかったら一枚撮らせてもらえないですか〜?」
OJ「おお!びっくりした!ええ!?写真!?ああ、いいですけど・・」

 突然のお声がけで驚かせてしまった。反省しつつ会話を続けた。

YT「ありがとうございます〜!全国民の総意だなと思って。このスウェットかっこいいですね。どこで買われたんですか?」
OJ「ああ、これは形見じゃけえ。」
YT 「え?形見?」

 現在75歳だというこのおじいちゃんのスウェットはなんと親父の形見らしい。おじいちゃんくらいの年齢で、親の形見の洋服を着ている人は今までみたことがなかった。プラスチックチャックで素材感もポリ混な風合いなのでそこまで高価なものではない感じがする。それでもこのおじいちゃんの親父さんも含めるとかなり長いこと着ていると思うので、すごく大事に着ているんだなあと思った。
袖の折り返しからも、丁寧に着ていることが窺える。

YT「スニーカーもかっこいいですね!」
OJ「ありがとう。このスニーカーはイトーヨーカドーで買ったんだ。すごく履きやすいよ。」

 このスニーカーは2年前に近所のイトーヨーカドーで購入したらしい。2年も履いているのに新品のようにピカピカだ。やはりこのおじいちゃんはモノを大切にするタチらしい。バケットハットとの色合わせも効いている──普段着は歩きやすいスニーカー一択らしい。

 ──人通り撮影を終えたYTは赤羽を後にした。
また来よう赤羽──


【付録:形見のスウェットについて】 
 ──良くも悪くも装いへの欲望が減った分、洋服の身体性に重きを置くのだろうか。今までおじいちゃんをインタビューしてきて、友人の形見のオーバーサイズのスラックスを履いたり、この先長くはないであろう友人から譲りうけた腕時計を身につける人など、しばしば形見を身につけるおじいちゃんに出会ってきた。(#2-4「江戸っ子の人」#2-16「ケイスケホンダな人」参照。)
例えば身体への記憶装置として最も強いのがタトゥーだと思う。皮膚の上に半永久的に残るタトゥーは文字通り一生物だ。人々はしばしば重要な出来事、例えば恋人との出会いや別れを忘れないためにタトゥーを彫る。死ぬまで片時も自分から離れることのない皮膚。その上に彫るタトゥーを一番密接な身体の記憶装置だとすれば、第二の皮膚とも呼ばれる衣服は、タトゥーに次ぐ記憶装置と言えるのではないだろうか。
おじいちゃんたちは、長い年月で関係してきた人々や事象を忘れないために、記憶としての衣服を皮膚の上に配置して、自身と歴史を紡ぐ媒介として体に刻印している。
これらのことは、当然若者にも言えるだろうが、装飾性(他者へのベクトル)を若い時よりも意識しなくなったおじいちゃんだからこそ、この傾向は強いように思う。形見を身につける時、おじいちゃんにとってその衣服は他者との差別化のツールではなく、内省的で、より自身の皮膚に接近したモノとなる──

 引き続き、形見を身につけるおじいちゃんの調査は必要である。今後はその心情についても考慮する必要がある。

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